本題だけを抜粋して書こうと思ったんだが、
それだけ書いても(私が)つまらないので
長々と書いて埋もれさせることにしました。
結論だけ読みたい人は、毎度ながら
最後の方だけ読むことをおススメします。
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「テレホーダイ」というサービスを使って仕事をしていた頃のお話です。
私がネットを始めたきっかけは、SEさんが作った
草の根BBS(自分の家にホストサーバを作り、そこにアクセスする形で
掲示板を運用する、紹介者しか絶対に入れないネットワーク)でした。
折角パソコンを買ったんだから、通信しないと勿体無いよね!
と思って最初にアクセスしたのがそんなところでございました。
当時、私はちょっと山の方に住んでいたため大手プロバイダのサポートが無く、
アクセスプロバイダは、地元の有志が2人ぐらいで回しているところ。
PC関連の情報なんていうのは、Macのデザイン系ミニコミ誌程度で
日経とかの通信系の情報雑誌なんて存在すら知らなかったし
ニフティのフォーラムなんかも、全く知らなかったのです。
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で、たまたまバイト先が一緒だったゲイの男の子が
「友達が草の根BBSやってるよ!」って教えてくれたのね。
なので、最初のパソ通はゲイネットでござんしたw
女なのに良いの?と聞いたけど全然OK!と言ってくれたので
先輩たちと(全員女←女子高出身なんで)数人で参加させて頂きました。
ゲイの人は社会的に大変デリケートだから
なかなか会いましょう、って話にならなかったのですが、
無謀にも私主導でOFF会を開催させて頂きました。
とんでもねーですが、だって勿体無いと思ったんだもん。
実際、それはとても上手く行きました。
私の家とホストサーバがあるSEさんの家、
あとはコミケwとかが、OFF会の会場になりました。
一緒に、アミューズメントパークに行ったりもしました。
あと、会員さんの大学の文化祭に行くこともあったかな。
私の家やSEさんの家では、男女入り交じって
お泊りをすることも何度もありました。当然雑魚寝です。
すごく楽しかったし、ぶっちゃけ大変ゆるかった。
勿論、会員さん同士のいざこざは、多少はあったけどね。
女っていう彼等に全く関係の無い立場であったので、
仲介に入らせて貰ったりもしました。友達だったので。
「あくまでも友達との交流の場で身体目当ての人は禁止」
という運営方針の場所だったので、ある種忌避的なものとして
受け入れられていた側面もありました。共存してたんだな。
しかし、その中で知り合ったある大学院生(現SE、のはず)に
他のフォーラムなどにも参加してみなよ、
ゲイだけじゃなくてレズビアンネットにも
行ってみたら?と勧められて、アクセスした時は
ものすっごい緊張を強いられることにびっくりしました。
なにこのお姉さま世界。上下関係がっつりで、
ノリとしては多分宝塚&とりまきの体育会系な世界。
うわーわたしにはむりだー
と思ってすぐになりを潜めることになりましたw
それでも他の人、特に女の人とは
やっぱり仲良くなりたいなー、世界広げたいしな、
と思っていた頃に、
前述のフォーラムを勧めてくれた大学院生が、今度は
絵を描いているんだよね、これからはインターネットだから
HTMLを勉強してみなよ。と提案してくれました。
ふむ、そーなのか。と思って勉強し始めた。
けど、高校時代に横文字アレルギーとなった私wは
泣く泣くがんばる、みたいな感じでござんした(号泣
中学の頃は英語も得意で、プログラミングについても
Basicはやってたはずなんだがな・・・
いや、Basicと言ったって、曲線書いて動かす、って程度なんだが(ぉ
ともあれ、時間がかかりました。
が、出来ました。
#その後、Javascript、CGI(perlとは敢えて書かない)、Flash、PHP・・・と
#段階を踏んで、同じ思いをすることになります。ぐは。
当時は教本なども少なく、webの技術者フォーラムで
情報交換をすることが殆どです。
根っこが絵描きなのでスピードについて行くのが大変でした。
だから、見てるだけ、とかも多かった。
そういった、情報収集系からアダルトなところまでw
様々な掲示板に足を運びました。
そうこうしているうち、パソ通フォーラムから派生した
レズビアンネットが、インターネットに分室を作りました。
会員制なのですが、パソ通で盛り上がっている人たちは
パソ通で完結してしまっているので、誰もアクセスしていなかったw
そのうち、海外在住の日本人女性だとか、
60過ぎて初恋の人(既婚女性)が亡くなって
私のレズビアン人生は終わった。みたいな、感じの
ちょっとアウトローな人たちが
アクセスしてくるようになりました。
民族問題に取り組んでいる人や、
ゲイ・レズビアン国際映画祭に
ボランティアで参加している人たちとも
ここで、仲良くなりました。
同業者の人も、多くなりました。
フリーランスでwebサイトを作ってと頼まれたけど
相場ってどれぐらいなの!?という話題が
この場所で、盛り上がるようになっていきました。
#蛇足ですが、このサイトは最終的に
#OFF会と称して200人を集めるクラブイベントを
#開催するまでになり、私もボランティアで受付などを手伝っていました。
#しかしその直後、営利主義に走る人と、倫理的な立場での運営を望む人の
#二手に内部分裂してしまい、今では倫理的な立場での
#レズビアン総合情報サイトとして、その名前が引き継がれているようです。
#運営している人が、当時の人かどうかは不明だけど。もう7~8年前の話だし。
#私は、その分裂の時期にアクセスするのを辞めてしまい、
#その後は少数の友達と、個人サイトやリアルで交流するだけになりました。
#あと、レズビアン&ゲイ映画祭のサイトは、リニューアルして
#過去のデザインを見ることが出来るようになっていました。
#私が作ったサイトと、翌年に知り合いが作ったサイトも、とってあった^^
#私の仕事は広告案件が圧倒的に多く、大抵の成果物は消えていく中で、
#誰の手も入らず残っているサイトがあるというのは、
#ちょっとだけ、嬉しいことだと思います。
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時期は少し遡りますが
セクシャルマイノリティのサイトと並行して、
オンラインゲームの集まりにも参加していました。
#まあ、上記ビアンサイトの友達に誘われて行ったのですが。
で、麻雀とかはここで覚えましたw
男性も女性も、友達のレズビアンの人も
みーんな一緒くたに遊んでいましたが、
ふつーのひとからは、私はよく男と間違えられていましたw
それ故か、私自身は特にネットで嫌な思いをすることは無かったのですが、
その頃から、不穏な噂を効くようになり始めました。
ネカマが女の子を騙して会うことにより起きた被害だとか、
ネカマが男の人を騙して個人情報を晒される被害だとか、
そういうのが出始めた(社会現象として扱われ始めた)時期でした。
掲示板荒らしも、恐らくその頃に出現しはじめました。
女の人が主導で運用されていたサイトは
アダルトもそうでないところも、軒並み
会員制になるか、閉鎖するかをしてしまいました。
また、その頃にICQというIPメッセンジャーが流行し始めたため
ICQを使って遊ぶことが多くなりました。
会員制のチャットで会話をしていても、仲の良い人からICQで
「今入ってきた○○って人、ネカマじゃない?気をつけて!」
とかいう情報が入り始めるようになりました。
#想像がつくとは思いますが、私はそういうメッセージに対し
#わからないのにそういうこというなよ(^^; まあでも注意して見ておくよ
#といった返し方をしていました。
ある時期、知り合いに(アニメか漫画のキャラクター名だと思いますが)
女性名を名乗る、一人称が「わたし」という人がいました。
大変親切で面倒見が良いのですが、
自己主張するでも見返りを求めるでもなく、
気前も良いので多くの人に親しまれていました。
私は、この人のことは、なんとなく
一人称が「わたし」の男性だと思っていました。
やたらめったらPC関連に詳しかったし(サーバもいくつも立てていたし
女として話しかけてくる男性に対する対応が
間違えられて迷惑しているけど強く言えなくて逃げ腰、
という雰囲気だったからです。
性別については聞かれても ひみつ だとか
どうだろうね~ と、にごしていたように記憶しています。
そのあたりはちょっと曖昧ですが、
女と間違えられることに対して、何か思うところがあるような雰囲気でした。
そのうち、あいつはネカマだろう、という噂が立ち始めました。
本人は別に男だとも女だとも言ってないのに(ひみつと言っているのに
ネカマってなんだ?と思いますが、そうなってしまいました。
いや、一人称が「わたし」の男性だと思うなぁと言いましたが
それをネカマというんだ、と言って聞いてくれません。
そうなってくると当然、謂れなき誹謗中傷も出てきます。
別に、女のふりをして誰かに迷惑を掛けるようなことは
一切していなくて、みんな色々お世話になっているのに
変な人たちだなぁ、と思いました。
その人は、普段からみんな(といっても仲が良い人だけかな)に
安く部品が手に入るから、PC関連が欲しければ言ってね、
と言ってくれていました。
その頃私はMacしか持っていませんでしたが
webで仕事を続けるにはwindowsが必要になると感じたので
1台組んで欲しいと、お願いをしました。
まったくもってど素人だったので、チャットで
部品についての説明を1つ1つ、全部教えてもらいながら、
余っている部品は無料でくれたり、予算に収まるようにパーツを決めていき、
その人が全部買い揃えて組み立ててくれることになりました。
ほどなくPCは完成しました。
どうする?送ろうか?と言われましたが、その人の家が、私のよく知る場所で
近所には友達も住んでいたから、行けばついでに会えるな、と思い
いや、取りに行く。お金もその時に払う。と言いました。
その人は、ちょっと(かなり)躊躇しましたが、
最終的には了承してくれました。
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やっぱり、その人は一人称が「わたし」の男性でした。
大手パーツメーカーの重役に知り合いがいるそうで、
その人に依頼され、色々な地方店舗の売上改善をすべく
店舗を渡り歩いていた人でした。
追加で買うものがあったので、彼が勤める店舗に行きました。
周囲の人が彼に挨拶をしたり、質問をしたりしてきますが、
彼は、挨拶には「ん」と言うぐらい、
質問に対しても、言葉をとても選んでいるようではありつつも
ぶっきらぼうで、小さな声で、言葉数は大変少なくつぶやくように、
でも、的確な指示を出していました。
webでも、彼の受け答えはそんな感じでしたので、
リアルでも全く同じなんだな、と思いました。
そしてwebと同じように、みんなに頼りにされていました。
しかしひとつだけ、
自分と意見が違う話題が出ると、
何かを搾り出そうとするのだけど、言葉が詰まって
ひゃっくりが出てしまい、上手に言えなくなる
という「症状」がありました。
意見がないわけではないので最終的には伝えるのですが、
他人の意見を否定して自分の意見を言う事に
ものすごく、ストレスを感じていたようです。
ああ、これが原因で、女扱いされたときに
ひみつと言って逃げちゃっていたんだな、と思いました。
相手の思いを覆すのが、彼には、とても苦痛なんだ。と思いました。
私は、
ひみつと言ってるんだからひみつで良いじゃない。
と、思いました。
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書きたいことは、ここまで。あとはおまけ。
その何年か後に、本当に本当に(私にとっては)
辛くて大変だったことが起こり、
その後、私がネットで使う言葉の質は、全く変わったと言われました。
荒らしだって寂しい人なんだ。と罵倒合戦に巻き込まれることを良しとし、
最後には荒らしと仲良くなるよーな、不思議なにーさんが、そう教えてくれました。
#しかしこの人の周囲には「愛情表現がスパム」とかいう人もいて
#どんだけ歪んでるんだ、と思ったけど、でも楽しそうだったからよしとする。
前のことなんて思い出せません。
友達と、どういう風に接していたかが全然思い出せなくて、
結局そのまま、色々な人と、疎遠になってしまいました。
その後は、ぶっちゃけるとリアルでも
新たに友達を作るのが、とてもしんどくなりました。
いや、新たにだけじゃなくて。
幼稚園の頃から20年以上付き合ったような友達とも、
連絡を取らなくなってしまった。
唯一、過去に付き合っていた彼女が
私のサイトを見つけて声をかけてくれましたが、
それも一時的で、あまり長く交流は続きませんでした。
で、結局最近は、同じ目的、例えばボランティアであるとか
趣味のゲームであるとか、そういうつながりでしか人付き合いをしていません。
いや、それだけでも結構いるはいるんだけど、
以前のように何十人、或いは百人を超えるような人と
付き合うってことはなくなったな、って話。
楽ではあるけど。
良いか悪いかはよくわからないけどね。
でも、仕事とかでちょっと緊張感がある付き合いをするのは
楽しくてたまらないんだよな。
これも結局は、互いに利益を生み出し会う、という
目的が一緒だから、ってのはあるんだろうけど、
それでも、この「ちょっと緊張感」っていうのが、とても楽しい。
なにせ、web制作やっていて、人と会話出来ないことにストレス感じて
コールセンタのアルバイトを始めちゃったぐらいだからねw
そのままクレーム処理の夜勤に抜擢されたんだけど。結局2年もやったてたよ
電話応対は、良いです。全てが「初めてのお客さま」と思って
新鮮な気持ちで、会話を始めることができます。
で、電話を切るまでの短時間で、どんだけ満足してもらえるか。
そういうのは、楽しいです。(勿論、失敗もあったけど。
でも、ネットやリアルじゃ、それが出来なくなっちゃったんだよね。
って、ことなんだろうなぁ。
あ、でも最近1人友達作ったわ。超珍しく服の趣味が合うので
私の古着をあげることにした。もうゴスとか着るような年齢でもないから。
リアルで友達作るのって、あのバイトでのゲイの彼以来かもしれない。
それから今までの間、旦那とも、ずーっとネットで人脈作ってたんだよなー
よく考えると、すげーですな。
もう、自分から壊すよーなことは、しないようにしたいね。
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