2010年3月アーカイブ

酒飲みって役に立つことあったんだな。

コメント:

ビジネスを、その位置から見ることが出来る人が友達になってくれたことを、
心より神に感謝しますw


さて、今日は一緒に組んでいるおっちゃんのやろうとしているビジネスと、
「似ているけどちょっと違うこと」をやる店舗が出来ていたのを発見したので、
早速偵察を兼ねて、世間話をしに行って参りました。

勿論客も兼ねてですが、しかし自分の立場は示しつつ、

で、お仕事視点で何なんですが、実際のところこんな立地条件に店舗構えるって
どうなんすかね?とか、客の傾向や動きなどの、確信ついたお話もして参りました。

収穫は多かった。

あくまでも、世間話としてね。


そして思った。


これは、確かに「特殊能力」だわ。こういう会話はそう簡単には出来ないかもしれん。
しかもこの調子で「ここだけの話だけどね」ってことを教えてもらうこともよくあるのだ。


私がなんで「お前口だけで渡り歩いてきただろ」とか
悪意を持って罵られたりするのかが、なんとなくわかりました。

ついで言うと、あんたばっかずるい、ってのもよく言われる。
そんなこと言われたってなぁ。



相手の言語で話をする

コメント:

人ってのは、自分の脳みそが把握した範囲のものしか認識・理解が出来ないので
自分の意見を相手に伝えるのに一番手っ取り早い方法は、

相手が見えている世界を想定して、その範囲で言葉を選ぶことである。


#で、そうすると単語とか言い回しがなかなか見つからなくて
#ちょーぜつ悩むことが大変多いわけですがっ


あまり範囲が広くなさそうな人に、自分のことを話そうとするときは
すごく言葉を選ぶ。そして、その範囲外のことをたまに織り交ぜると

やっぱり?って顔をされる。しかしその?を、どのように解釈するかを見ると
その人の本音が見えてくるので、相手を知るためにもそういう言葉を使う。


逆言うとね、相手が自分の知らない言葉を使ったときに、
私が直感でどんな解釈をするのか、ってのが結構イタイ。

相手の性格とか考慮するとそういう意味じゃないよな、
って「理性」ではわかっているのだけど、直感が変な答えを出す。


私はそのことに気付けるだけマシなんだが。


「違和感」に気づいた時が、他人に対して好奇心を抱いた時。



他人に対して興味を持たないということは、相手がいなことに等しい。



そして、自分が直感するものの正体を暴くことで、
自分が何と向き合っているのかを知ることが出来る。

その人の「愛」のカタチ

コメント:

ある女性、カナダに帰化した元日本人のレズビアンの人に、
猫の絵を見せたときの感想は、こういうものだった。

現物のデータはどっかいっちゃいましたが
猫が自分の背中を毛繕いしているところの絵です。


この、届かないところを一生懸命毛繕おうとする姿は
あんたそのものだね

愛の形ってのは、みんな一緒でね、
あんたがこうやって、届かないところを一生懸命どーにかしようとする姿は

人に対しても、仕事に対しても、道に落ちている石ころに対しても
一緒なんだろうと思うよ。その人の愛の形ってのは、何に対しても変わらない。


それから、首の骨ってのは、その人の人と成り、そのものの形をしているんだよ


私の首の骨が奇形であることなんて、この人に言ったっけなぁ、と思ったが
そのことを指されて言われているんだってことはわかった。



プライド

コメント:

私が読んで不快がられるだろーことを敢えて書くのはさ。


勿論、自分のために書いてるから他人のことなんて知るか、ってのもあるんだけど
そもそもで、理由つけて不快なものを叩きのめしたいだけの人の八つ当たりとか
食らってやる気もないから、こっちくるんじゃね、って忌避しているって話でもあるのよね。


例えば、私の性癖とか、節操のない自慰ネタの守備の広さを差して
「変態」って言われたら、そりゃどちらかと言うと褒め言葉なわけですよ。

私は、そーいう自分が嫌いじゃないからね。

無節操であるわけじゃないから、それをわからん人のことなんてぶっちゃけどーでもいい。


むしろ、お前にゃ真似しようとしたって出来まいよ。

知り得ない世界を見聞きすることもせず、ただ攻撃するしか出来ないって
どんだけあなたののーみそはお花畑なのですか。と。

言ったところで下手すりゃ中傷されたとかわめき散らすだろ?
あーいう人たちは自分がなにやってるのかなんて、わかっちゃいないんだ。


葛藤して、その思いをぶつけてくるよーな、そんな素敵な人以外とは
私は会話なんてしたくありません。

或いは、そんな思いも吹っ飛ばすような、笑いを提供してくれるとかね?


だって、有意義に生きていたいじゃないですか。


でまあ、こういう言い訳めいたことをぐだぐだ言うのはさ。

どうせ届けたい人に届かないんだったら、愚痴ぐらい言わせろや。

という感じだったりもするのよね。


まあ、要は酔っぱらいみたいなもんなんです。

脳内分泌物に酔っている状態ですわな。


絡むの嫌だから一人で酔っ払ってたいってのは
譲れないところにあるプライドなんだな。

性とかいてサガと読む

コメント:

昨日、メタブでこんなことを書いた。


私少女漫画でもBLでもさぶ(雑誌)でもスカトロでも、仕事や喧嘩相手も
オナニネタに出来る自信あるわ。

しないけど。

好きな人とはお互い幸せならいたすわけだが、男女いずれも
人生かけた何かを交換する感覚。


・・・会社で書くよーなことじゃないよなとか思いつつ(苦笑


別に自分が節操なしですと宣言したいわけじゃなくて
#そう受け取ってくれても別に構わんが

所詮脳内のことなんざリアルと関係ねーだろが、ってことを言いたかった。


「リアルに性交する」ってことは、全然違うし、
そもそもオナニーの延長線上に性交が存在するとしたら、
それは相手を性欲処理の道具として使うことでしかなく、

そんなのはリアル性交でもなんでもねーよ、ってことを言いたかったわけです。


100文字じゃ全然書ききれませんでしたが。


だって所詮、私のは「リアル性交」という経験上での発言だから、
そこに踏み切れずにいる人達に、この言葉だけじゃ多分伝わらない。


例えリアルな相手が目の前に居たって、相手と同じ感覚を共有出来なければ
触れていても、すごくすごく遠くにいるようなもんなんだよ、ってことを

人と触れ合うことを、真剣に避けている人に対して
どうやって伝えることが出来るというのだろうか。


例えリアルな相手が目の前に居たって、相手を道具として扱うなら
それは二次元がオナホ使うことに進化した程度で、

リアル性交をしていることとは、多分、全然違うんだよ。ってことを、

どうやって、伝えることが出来るというのだろうか。



そもそも、私が抱いた絶望を、他の人が同じように抱くなんて限らないのに。


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また、こんな増田もチェックだけしておいた。

同性愛を変態と呼ぶのが差別ならスカトロを変態と呼ぶのも差別なのか。

というか、会社でこの画面を開いて真剣に考察→100文字でまとめられる
自信がなかっただけなんだが。

仮に骨髄反射するにしても、考えがまとまらん状態で
自分の感想だけ垂れ流して良いよーなお話ではないと思ったので、
ブコメには「後でもいちど考える。」と書いておいた次第。

でまあ、どうせ考えるなら、まずは自分自身の「性」について
だらだら書いてみようと思います。

この記事はほんと、自分のことをただだらだら書くだけで
「~~は差別なのか」については、別に記事を立てます。

#あ、いや、大したことは書けませんけどね。他人事ではないので・・・


尚、オナネタ候補のレパートリーを見て頂いてもわかるよう、
私の性の話はものごっつすげー広範囲に渡っているように思うので、

人によっては不快に感じるだろう

全てを「私」という人物1人が実際に体験して考えてきたことである、
という意味で考えると、結構笑えない話だよな、と思ったりもしますので
#てゆか私は全然笑えない

基本的には毎度ながら、この記事の続きを読んでどんな感情を抱かれたとしても、
当方は一切責任を持ちません。

ほんと、不愉快な話を多分に含んでおりますよ?

てことで、ここから先は「自己責任」でお願いいたします。


どんな幻想。

コメント:

リアルに子ども見たことある人なら知ってると思うが
子どもは結構普通にアダルトなコンテンツが大好きであるし

そういうのに興味持てない方が余程不健全。

勿論羞恥心とかあると思うが、その羞恥心はどこから生まれたか?

「教育」である。


好奇心から何気に手を伸ばそうとしたアダルトなものに
手を伸ばそうとした瞬間に「はしたない!」と叱られ
やり場の無い思いをした経験はないだろうか。

そうやって、子どもたちは性的なものを「忌むもの」としていくが
私は未だに「大人が怒るから」「趣向が合わない人が不快がる」以外の理由で、
性的コンテンツを悪者にする理由が思いつきません。


子どもは、母親のお乳をつかんで育つ。
抱かれ、撫でられ、キスをされて育つ。

そういった健全なスキンシップの延長線上に
セックスというものだって、存在していると思う。

故に、子どもが性的なものに興味を抱かない方が、余程不健全に思うのだ。

#「えっちなのはだめなんだよー」とか言うのはまた別ね。
#あれも、教育で、それこそ健全な羞恥心。

#そじゃなくて、ダンマリになっちゃうパターン。
#逃げるというか、避けちゃうパターンのことね。

そんなことがあるとしたら、虐待でも受けているんじゃないかとか、
ヒステリックな大人に抑圧されているんじゃないかって疑ってしまう。


勿論、子どもたちは知識がない時点では性について何もわかっていない。

だから、興味を持ったときに、それが変な方に行かないよう、

変な方ってのは決して性癖がどういう形かとかいう話ではなく
「誰か」を、「自分」を傷つけてしまわないように、

性について「教える」或いは「考える」必要があるのだと思う。


それが「性教育」ってもんじゃないのだろうか。


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話を「幻想」という部分に戻そう。


子どもの頃、男どもがスカートめくりしたり
猥褻な言葉をわめき散らしたりする光景は、
当たり前ではなかっただろうか?

確かに、ああいうのは女のこっちとしては大変不愉快だ。それは間違えない。


だが、相手が不快に思うことをやってはいけません。というのも
立派な「性教育」の一環ではなかろうか?

案外ね、そういったベーシックなことすら
教育をすっ飛ばされていたような気がしてならねんだよな。

子ども同士のことだから、みたいな感じでさ。


そういうところでしっかり「教育」をせずに
「はしたない」という言葉で自然な欲求を

ただ切り捨ててしまうのはどうなの。と思うのよ。


それって普通に、ものすんごく傷つかね?


そうやって置いていかれた子どもたちの心、

例えば、そういうのを見て、大人の顔色をうかがうようになり
自分の素直な感情を露見出来なくなったりすることとか、


振り返ったとき。自分らが子どもだった頃に、

そうやって、私らは感情を殺して来やしなかっただろうか?


私は嫌だった。そういうのっておかしいと思った。

そうやって、自分を変な形の枠に押し込んで
「世間体の奴隷」になっていくのが

良いことだなんて、欠片も思ったことがないんだ。


生きるためには必要だと言うけど
「必要とする世界のが間違えている」のだと思った。


そうでなければ、こんなに病んでる世界を理解することは、できない。



そういえば。

コメント:

先週、お絵かき教室水彩画教室を行いました。

最初に教えて、と言っていた人が夕方に用事が入ってしまい
最後まで描ききれなかったため、次回に持ち越しましたが

およそ3時間で行ったのは、まず水彩色鉛筆の使い方を色々。

次に、紙によって伸びも滲みも全然違うってことを体験いただき
好みの紙を決めてもらう。

次に、スケッチ。


で、気がついたんだが、漫画描いている人はアウトラインで捉えちゃうんだな。

目ってのは、光を捉えていますので、どのよーに光が当たり反射して
自分の目に写っているのか・・・よーするに「面」で捉えて描くと良いよ、とか

構図が決まらんて人には、そんなのはもう理屈の世界だから
じゃあ今度は美大入試のデッサンの本でも教材にするか、とか

距離や角度をきちんと図りながら描かないと目の錯覚にだまされるよ、とか

そーいう、おえかきの基本をやりましただす。

で、本番の下絵の途中でタイムアウトとなった次第。次回は色塗りです。


意外に、旦那の猫が可愛く描けていたのだが、猫(好きなもの)以外を
描く気が起きないっぷりがすごかった。途中で描くのやめてるしw


帰りがけ、しっかり教えてもらえて良かったよーと言われたので
描けても教えられない人もいるが、私は描けなくても教えられるからなっ

と、えばってみた。うははー


まあ、基礎をとことん突き詰めるのとか、結構好きなんですよ。我流だけど。

描き上がったら(こっちじゃなくて表のブログに)UPするかにょ。

しぬのはこわいとおもうとき

コメント:

ある知人、親友の友達ぐらいの仲の人(男)の、ほんとにあった怖い話。


ある場所に行った。興味本位で。3人で行った。

その後、彼以外の2人が変死した。それが偶然だったのかどうか。

そういう経験があったから作ったという作品を見せてもらった。


楽しそうで、緻密で、

彼の作品は明るくて優しくて、とても好きだった。

特に好きだったのは、錆びたロボットと小鳥の絵。


柔らかな笑いの中に、そんな体験があったことにちょっと驚いた。

そしてそれを、ある友人(ゲイ)に話をする機会があった。


怖かったろうね。

うん、と頷いた。だって、お友達が死んじゃうんだもん。それは、怖い。

自分も死ぬかもとか、考えたろうね。

えっ。

そっか、そうだよな。そう考えるよな。


私には、そーいう感覚が、全然わからなかった。

だって私だったら、


連れて行って、置いていかないでって言ったかも。


怖いのは仕方ないね

コメント:

壊せないと怖い。ってのは、とても哀しいことだと思うが。

別に、壊せても壊せなくても、怖いってこと自体が、本当は哀しいんです。

しかし、哀しさからどうやって脱するかとかいうのは
その人次第だし、もしかしたら脱するのこそが怖いかもしれないので、


大切な人だったら、ちょっと離れたところにずっといようかな。と思うけど。
まあ、たまたますれ違っちゃうだけのことに、意識も時間も割いてられないのが現実で。


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私がバイセクシャルでありながら、女性に落ち着かなかったのかは案外明白で。
私が好きになる人は、全員結婚して子ども産んでるんだな。

よするに「ノンケの女性」を好きになっちゃうのである。故に、成就せんw

更に性質が悪いことに(ってことにしといてくれ)
好きになってくれる人も、普通の女性が多い。

で、あるぶっ壊れた女性の話を書いてみようと思う。

あの時の、なんてゆーか、虚無感とかどーにもならん。って気持ちは
なんかもう、私には女性を愛しきれないな。と結論付けるに十分だった。


中毒症状。

コメント:

私は無意識で本気で「急所」を攻撃するので、
過剰防衛で加害者になるんじゃねーかと思う。だから怖い。

急所と言ってもあそこって意味だけじゃない。

目であるとか、顔や首の頚動脈等々の
マジやばいところにざくっと手を出してしまう。

基本的には相打ちを狙っている。

自分は傷つきたくないと思えるなら守ればいいのだが
命を刺し違える覚悟で挑んで行ってしまうから私は危険なのだ。


こう言っちゃなんだが、殆どの人は「加害者になりたくない」だろう。

なのにこっちが勝手に相手を加害者だと決めつけて攻撃するのは、
そりゃもう立派な暴力なのである。

無意識にせよ、周囲(の男)に対して恐怖心を抱くことは
相手を傷つけることだと思ったので、克服したかった。

無意識にせよ、近寄ってくる人(特に男)に対して
いきなり急所を攻撃するのは、人としてダメだろうと思っていた。


相手は悪くない。この人は悪くない。


悪かったのはオヤジであり、母であり、この人じゃない。

そんな、簡単なことを、頭ではわかっていても身体はわからない。
深層心理は、わかってくれない。

だけど、だからこそ、流されちゃダメだと思ったんだ。


これは私の問題であり、私と親の問題であり、

あなたの問題じゃない。

そういう風に考えないと、似たような人を見つけては攻撃するっていう
地獄のループから逃げられません。


それは「不幸中毒」だと思う。


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そういえば関係ないけど、ニートも中毒やんね。

旦那に言ってみた。本当は、こういうことはあまり言いたくなかったが。


このまま何も出来ないまま行ったら、職も居場所もなくすって思っても
ぐうたらな自分を変えることが出来ないのは何故?

むしろぐうたらな自分を変えたら負けだと思うのって、
タバコやアルコール中毒の人と似ているよね。


悪い習慣を変えるのは、すごくすごく心を強く持つ必要があるよね。


変わる気、あるの?

方法が分からないならいくらでも教える。

けど、「変わる気はあるの?」


どんなに周囲がお膳立てしたって、あなたの変わる気が本物でなければ
絶対、絶対に変わらないんだよ。自分のことなんだよ。わかってるの?

あなたがぐうたらした生活していると、私が巻き込まれて体調崩すんだよ。
あなたのぐうたらは、私も自分も不幸にするんだよ。


わかってるの?




てゆかなんで私と同じことをしようとして諦めるのかがわかりません。
そんなの無理に決まってるだろ、タイプも経験も全然違うのだから。

人と同じようになろうなんて思うな。その時点で負け犬だ。

自分を最大限に生かした生き方をしろ。

そのための手段を見つけろ。

そのために共有すべきは「目的」だけである。
目的だけは、共有しないとならない。だから、目的意識をしっかり持て。


以下は、ある精神科医の受け売りだが、

大きな目的が難しいなら、目前の小さな目標で良い。
例えばこの本を買う。そんなちっぽけなことで良い。

その「目標」に期日を決める。

そして、その期日までに何をすればよいかを考えるのだ。

訪ねてくれば、手段を探す方法は教えるが、私からは教えない。

きちんと考えて、自分で質問しろ。


その目標達成計画がずさんで非現実的であるなら
そのように指摘する。そしてどこに穴があるのか教える。

だから、まずはやってみろ。

話はそれからだ。

不安は強欲の裏返し

コメント:

前提として、欲は人類に不可欠な要素って考え方の下でのお話ですにょ。

行き過ぎれば害だけど、欲がないと発展もしません故に。


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不安になるのは、好かれたいからだと思う。

認証欲求ってのは、不安の裏返しだと思う。

そして今、不安であると感じるのは
距離感がわからないからであろうね。

好かれても嫌われてもどっちでもいいやぁ、って思うなら
別に、こんな気持ちを抱くことはないわけだ。

「成功したい」。

或いは良い関係を築くことなのか、
お仕事そのものなのかはわからないが、

そう思うから、不安になるわけだ。


うちの旦那は、大変精神的に華奢な人だと思う。
不安になるのが嫌だから、期待しない。成功させようともしない。

そして、失敗した時「やっぱりね」「当然だよね」と言う。


お察しの通り、頭から雷を落っことしましたw

てめ、そーいうのを努力しない言い訳にしてどうすんだこの糞が!!!

と。w


私だって怖いのよ。でも、何もやらずに何も起こらない世界ではなく
いっそぶち壊してでも前に進む世界を私は望んでいるのであるよ。


てめーの殻は、てめーで破りやがれ。

欲を持て。


むしろ、多少強欲なぐらいで良いです。

その気持ちが、あなたを成長させるなら

欲は、強く持ってください。


その欲で、他人を、自分をダメにしなければ良いだけです。
もし痛い目見ても、それで目が覚めれば良いだけです。

片付けが半分ぐらい終わりました

コメント:

旦那の起業に際し、物置になっていた部屋を大掃除している。
書斎として使うためだ・・・というか、

引越し当初から旦那の書斎にする予定だったのだが
北側で寒いため、旦那が嫌がって使っていなかったのだ。

で、結果として物置化していたわけですが。

この部屋にあったものは、郵送物の山、服(含む廃棄待ち)、本、ダンボール箱、
使わなくなったPC&プリンタ、スキャナ、モニタなどであった。

・・・本当に物置である。


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PCの周辺機器は送るだけで処分してくれるところに発送。
PC本体(デスクトップ&ノート)については、後日HDDだけ
破壊するか外すかして送るつもり。取り敢えず、放置。

服の一部はフリマをやる人&欲しいと言ってくれる人に託し、
あとは取り敢えずダンボールに詰めて居間へ移動。あとで分類予定。

本も、本箱に入りきらずに外に出てしまっていたものは
全部ダンボールに詰めて居間へ移動。

これで、やっと片付ける準備(てゆか場所の確保)が完了w


まずは、残りのダンボールを、必要最低限だけ残して折りたたみ、
郵送物は個人情報部分全部切り取って紙ゴミへ。これが一番大変ですたorz

同時に、捨てる予定で部屋の奥に積まれていた服を、布ゴミとして廃棄。

これで3割、片付いたw


次に、ダンボールが積んであった高窓のカーテンを洗濯して窓を磨く。
サッシに詰まったホコリもぜーんぶ綺麗に洗い流しました。ぴかぴかです。

で、やっと本命、本棚の整理。本の他に、CD&ビデオも含まれていますが。


・・・これが厄介なのよねぇ。


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まず最初に、有り得へん状況に頭を抱える。

旦那が前職場(某レンタルショップ本社)から貰ってきた
未開封の試供品(勿論非売品)がダンボール3箱にもなっているw

あほか!非売品は売却も出来ないというのにどーするのだ。
本当に見る&聞くのか?と言ったら案の定わからない・・・と言ってるしorz

てゆか・・・リスト出したら欲しい人出てくるかしら。

恐らくは特撮系と、ちょっと萌え系だと思います。わからんけど。


取り敢えずこれは保留。箱から出すのも最後にすることにorz


私らは「ない」ものはつくれない

コメント:

先月まで六本木ヒルズで開催されていた、
医学と芸術展(←公式。「過去の展示」はこちら)の感想を書いてみる。


行く前は、「ろぐ。」にレポ挙げる気満々だったのだが、
あまりにも感想を書くことに空虚感を抱いてしまい、書いていなかったのだが。


ちょっと、思うことがあったので、こっちに書いてみる。


結論から言うと、展示会としてはものごっつ素晴らしかった。
貴重な作品がものごっつ多数展示されていた。

#主観としては、あまりに「医学の歴史」過ぎて、ちょっと物足りなかったけど。

また、人の入りが多く、客層がやたら幅広かったことにも驚いた。



(読まないと思うが)私信

コメント:

自分からは何も行動を起こせず、ただ愚痴を言って発散したいだけの人っていうのは

「祭り」が起こればそこにいってわ~っ と騒いで
祭りが収まりゃ次のネタを探しに行くだけなので

祭りが起こらなければひたすらずっと天に向かって唾吐いてるだけです


あーいうのの怖いところは、思想も信念もへったくれもないから
ストレス貯めこむと外に向かって爆発することなので

そういう意味では全くもって無視することは出来ないが

意外に、自分の道とか勉強すると楽しいこととか発見すると
そっちが忙しくなくて楽しくなって、そのまま帰ってこなくなったりもするので

やっぱ、必要なのは教育と、彼等を受け止める社会。なんだろうなぁと思っています。
お金なんかあげても多分、ろくでもないことに使って一瞬で終わらせちゃうからね。


遣り甲斐とか、生き甲斐とかが足りないのは可哀想だよな。

もしかしたら生きているって実感すらないかもしれん。

そういう人は、多分死ぬときにならんと色々に気づきません。
そして、死が身近になったとき、初めて慌てるのだと思います。


私がラッキーだったのは、

結構幼少の頃に、死 というものに真剣に向き合う機会があったことだと思ってます

私の半生は、様々な「死」と真剣に向きあうことでした


今は、生きることと向き合えているので、日々が大変楽しいです。
まあ、生きるってのは、とても大変なことなんだがさ。

感情かお金でしか動かない

コメント:

敢えて主語を書きませんが。

不愉快な人からの依頼は、お金を出されたって「しぶしぶ」しか出来ません。

だから、仕事だからやれ!という奴は頭が悪い。


1日のうちの、起きている時間の半分を「仕事」に費やすと計算するなら
成人してから退職するまでの長い人生の半分を費やすわけですから、

そこを有意義に過ごせないなら、人生の半分を損していることになります。

キリスト教圏では労働は原罪=我慢してやらねばならんもの、かもしれないが
日本にとっては良い仕事=良い人生、って価値観なのだから

仕事が拷問だったり、我慢大会だったりしたら
あっさりと放棄して当然だという話でありんすよ。


お金なんか貰ったって貰わなくたって、
気持ちよく仕事をしたい、という本音を持つのが健全であろう。

ましてや、はした金で労働力を提供する義理は誰にもないのだ


生活の為に仕事をするのに、他人の存在なんて関係ないかもしれないが
能率が上がるとしたら、そりゃ「良い感情が保てている時」に決まっています

生産性がMaxになるのだって同じだ
効率化をマニアックに楽しめるのなら話は別だが
大抵の人は、他人の言葉一つで幸せにも憂鬱にもなれるのだ

自己主張出来ない人

コメント:

増田に自己主張しない奴は死んだも同然 という記事がありましたが

意見を言えずに溜め込まれて爆発される方が余程困るので
この元増田の人に対しては頑張って戦って欲しいと思います。が、


自己主張をするという機能がついていない人も実際にいます。

いや、自己主張をしなくても生きていける機能がついているというべきか。


てゆか、うちの旦那のことなんだが。

その機能は日本の企業においては大変重宝がられているようなんだが
個人事業主としてやるからには、そんな機能はなんの役にも立ちません。

むしろ邪魔。



豆腐乳探してくる(という自分メモ

コメント:

昔から豆腐の味噌漬けとか豆腐の燻製とか大好きなのだが、
ある日、中華街大好きな友人が、豆腐を発酵させた瓶詰めをお土産にくれた。

で。それがめっさ好みの味で、一時期欠かさず置いていたのだが
数年後。

いつのまにか中華街の街並みが変わってしまっていて
いつも行っていたお店がなくなってしまい、買えなくなってしまった。

その後色々調べて、沖縄の「豆腐よう」というのがそれに近い、
ということを知ったのだが、あれはお酒の匂いが強すぎて

確かに似ているけど、でもこれじゃないのー(号泣

と思っておりました。

つい先日も新宿に出ていた沖縄物産屋の前で
往生際悪く、これじゃないんだよね、ちがうんだよね(涙
と、ひとりごちていたのですが、

今日、Gigazineで豆腐の燻製の話題(しかも今すぐは買えない)を見て

なにこの生殺しwてゆかやっぱりどっか売ってないかなあああああああ

と、色々類似品をネットで調べてみたら、やっと名前が分かりましたよ。

豆腐乳でした。

読み方は「とうふーるー」だとか「たおぎー」とかあったが
私の記憶ではたおぎーの方だった気がする。台湾読みのようである。


池袋のあの界隈に売ってるかなぁ。ちょっと見てこよう。

奇跡とは、現実の形でやってくる。

コメント:

本物の奇跡と偽物の奇跡の見分けのつけ方 byししょー


偽物の奇跡は、神の啓示であるかの如くやってくる。
本物の奇跡は、現実の形でやってくる。


奇跡ってのは、努力の賜物とも言えるんだよな。
努力があって、ご褒美である奇跡を頂けるのだ。


あたかも啓示であるかのような、人を惑わせるものに
心を動かしてはいかん。相手の思う壺というものだ。

ということは、師匠以外にもたくさんの人が言っているが


実際、その通りだと思います。


しかしどんなに奇跡が目の前に舞い降りたとしても、
それを掴む意志が無ければ、

その奇跡が、本物か偽物かを見極めるべく飛び込む勇気が無ければ

儚く消えるものなのだ。



怒りながらモノを食べてはいけません

コメント:

あ"ー、きもちわるぃ・・・


旦那がものごっつ思い違いをしていたので
怒ろうと思っていて怒るのを忘れていたことを思い出し

パン食べながら怒ってたら気分が悪くなった。

怒っている時は胃液の分泌が悪くなるからだめよ~、

と、旦那におろおろされてしまった。


だったら怒られなくても気づいて・・・orz


-----


師匠の教訓。

ダメな上司は感情で怒る。
普通の上司は黙っている。
良い上司は戦略的に怒る。


・・・・・


相手にとってはベストのタイミングだったと思う、

のだけど(目をきらきら輝かせていたし

自分にとってはイマイチなタイミングでござんした・・・(ぉ

一応断って置くと

コメント:

漫才なんで、これ(謎

リアルにおける、情報のいい加減さ

コメント:

先日、麻生さんの使った風呂なんて使えるか的な記事が流れてましたね。

あまりの糞くだんねータイトルに
記事を開くことも、ブコメを見ることもしていませんでしたが、


しかし。

土曜日、たまたま入った蕎麦屋で、おばーちゃんたちが話題にしておった。


あんなので税金使われるなんてねぇ、とか
こっちはこんだけ働いてこれだけしかお金ないのにねぇ、とか

そんな感じの感想ばっかりです。


なんだなんだ、マスゴミの思惑通りになってるやん
やっぱりあの糞くだらん情報発信にはそれなりに意味があるんだなw

という皮肉めいた感想を抱いておりましたが、

その後は天下りがどーのこーのとか、ひたすらに
マスゴミ洗脳をされた、政治家への愚痴がだらだらだらだらと。


ああ、あとはどこそこの店でご主人が身体壊して店をたたんだとか
そういう話題ばっかりね。それが何件も何件も出てくるんですわw

入った店が、昔ながらのお蕎麦屋さんで、
懐かしいねえ、こんなところが23区内にまだあるんだねぇ、

なんてことを話していた矢先のそれだから、なんか切なくなっちゃった。

この店だって、継ぐ人いないんだろうなぁ・・・


しかしそうやってくっちゃべってるばーちゃんたちにとっては勿論、
それの本質がどうであるかなんていうのはどーでも良いわけです。

噂のネタがあり、日頃の不満をぶつける相手がいれば、それで宜しいわけでしょう。


途中で、あまりにくだらねーな、と思って聞くのを辞めて、食事に集中しましたが、

まあ、これが現実だよな、ということだ。


愚痴はだらだら言うんだが、それらを摘発して
なにかやろーとかいうパワーに変わることはまずないわけだし

次の選挙でもきっとまた、目先の情報だけで判断して投票先を選ぶのだろう。


そういうもん、なんだろう。



ネット上に、こんなおばちゃんたちが言うことが流れていたら
そりゃもー面白いように「釣れる」ことでしょうw

少なくとも今の日本におけるネットってのは、そういう場所だと思っている。

由々しきことではあるかもしれないが、大したことではない。
そんなのは、何年も前からわかりきっていたことなのだから。


故に、私はリアルの方が、余程いい加減であるわけだ。

この感覚が「匿名」という場で展開されたら
そりゃひどいことになるのもよくわかる。

それだけ、正論を言う場がないからなのか、
もっと違う理由があるのかはわからないけどね。


日本における匿名性のいーかげんさ

コメント:

ガメさんが帰ってきた。

数日前に来たメールというのは、ガメさんによる
悪戯のつもりが不愉快な思いをさせて悪かったという内容のメールだった。


いや私は、なんで私とあの人が感じ方が違うのか知りたかっただけだし、
そのことについては、明確な解答を得ることが出来たので、
とても実りある炎上wだったし、むしろダシにしてしまい申し訳なかった。

と、謝ったんだが、そしたらなんか、へんなやつ呼ばわりされたけどw


しかし、匿名性が面白いから始めたあのブログであるだとか、
悪戯ってどういうことだろ?と思っていたのだが、

今日の記事を読んでやっと意味がわかった。


正確に言うと、今日の記事に加えて、復帰初日の記事についていた
匿名の方々によるブコメの内容と、過去からたまに話題に上がっていた
日本における匿名性のごつごーしゅぎって話が自分の中でやっと合致したというべきか。


いや、しかしほんとにガメさんのブログは私にとっては大変勉強になります。

私が普段、完全に意識の外に切り捨ててしまっている何かを
しっかりと現実のものとして認識するのに必要な、言葉や概念がたくさん詰まっている。


中にいて、中の人の言葉を聞いても(自分も当事者だからとか色々あるのだろうが)
色々な立場を想定してしまうから、自分の本音がどういう類のものか、
よくわからなくなっちゃうんだよな。で、思考からばっさり排除しているというw

ガメさんの言葉を読むと、なるほどそーかんがえればいいのか!と
目から鱗なのであります。新たな発見がたくさんあって、大変楽しい。


かくして、あの記事を読んだ後、ブコメにある匿名性が
いかにいい加減であるかをやっと実感出来たわけですが。

匿名でもそれなりに真正面向かっている人が多いので
今までは、匿名故にいい加減なことを言っている人なんて
目に入ってなかった=いい加減さすら感じていませんでした。

いや、今更だけど、ひどいもんですねw


しかし思った。

だったら私は「実名での現実」の方が余程、
ゲーム的で、いい加減で、実験的で、曖昧で、

故に、楽ちんで、面白い人生を送っているかもしれません。

うはw


まあ、ネットで仕事しているからね、ネットで発信する情報には
人一倍、気を使っているってのはあるよ。例え匿名であっても。


こと「ブログ」は、かなり真面目に、本音だけで書いている。
というか、自分に正直になりたくて書いている場所だから嘘を書く理由がない。

むしろ、自分の嘘偽りのない本音を形にすることが目的だから、
言葉の選び方も、表現も、ごっつ気を使っている。

なるべく、自分の思いを、飾らずに、そのままに表現出来るように。


ぶっちゃけ、その場の雰囲気に合わせて言葉を発している分、現実の方がはるかに楽であるw
自分に嘘をつかないことの方が、余程難しい。ってのも歪んでいるとは思うけど。


とは言えまあ、そう言い切れるのも、このブログが
誰かに読んで貰うために書いているブログじゃないからなんだけどさ。


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