2010年5月アーカイブ

情報整理は重要だ(でも苦手だ、みたいな

コメント:

はっきり言うと、苦手分野のお話でござる。てな感じで
多分暫くは進行形のまま突き進む予定なんですが(ぇ


----


先週、家業用の裏ブログを作った。

良さそうな情報を見つけると、自分&旦那宛にメールで通知したり
作った資料も同様に、メールで送るだけだったのだが

情報量が膨大過ぎ、且つ分類してないからすんごい扱いづらい。

しかも、時間が経つに連れ、変更事項とかも出てくるでしょ?
そうすると、それ以前の情報とそれ以降の情報で、またわけわからなくなる。


なのでまあ、ブログに蓄積していきましょう、と。
ブログであれば、時系列&タグやカテゴリで整理が出来るからね。


で、やり終えて、思ったのだけど。


情報は整理して初めて広がっていけるですね。

今までぐだぐだ山積みになっていただけの情報が
やっと、横に広がってきた。今更感もありますが。


まあ、広げるだけ広げてから、あとでまたそれを
収拾して、別の箱に整理整頓していかねばならんのです。


そうすると、多分ブログでは、収まりきらなくなる。
というか、またぐだぐだになる。ような、気がする。

以前もそうだった、趣味の情報サイトを作るときに、
ブログ導入を検討したが、まかない切れんと断念。


ブログは、ちょちょいで量産出来て便利なんだがなぁ。

さて、どうするか。


多分、めんどくさがらずに、テーマごとに
ブログを振り分けるのが良いんでしょうね。


最初からラベリングとか間違えない脳の持ち主であれば
苦労しないんだがな;;

ラベリングの研修とか行ったけど、どーしても脳みそに入らんかった。
超絶、苦手分野なのです。しくしく。



旦那は、更に輪をかけてそーいうの苦手だから
私が整理してやらんと、旦那がこの情報を使えませぬ。

待ち時間の暇つぶし

コメント:

私が企画を考えるときのことを書いてみる。

#コンペになるのはリニューアルが殆どなので、それを想定して書く。
#ちなみに「依頼」を受けるのは、ゼロベースの新規案件が多いです。


まずコンペの目的、客の好み、可能であれば客が競合だと思っている社名を聞く。
聞けない場合はこちらで勝手に想定するが、大抵は意見を持っている。

目的をどう実施するか、を考えるわけだが
客がやりたいことをそのままやるのが果たして得策か?ということは絶対考える。

また、競合についても客の言うことを鵜呑みにするのではなく
こちらが主観的に見て客の競合だと思う会社があれば、そこについても調べる。

こちらの主観と客の主観が一致していればあまり問題はないが、
差異がある場合は、何が要因となっているのかを考えて、
「客が意識していない本音」を割り出し、それに対して企画を作る。


それから、客の目的を達成するための競争力について考える。
どこで差別化が出来るかを考えて、そこを軸に企画を作る。


次に、現状を分析する。

アクセスログが貰えるならそれを分析するが、
無理な場合は担当者の実感を聞いたり、Alexaを使う。

それから、実際にサイトを利用してみる。

ゴールまでどれぐらいのクリック数で辿りつけるかとか
利用者が目的としそうな内容にあたりをつけて、どれだけ「親切」であるかを考える
(サイトにより違うが、例えばECサイトであるなら商品情報、送料、問い合わせ等)

ここも、ある程度上手く考えられているサイトであれば、あまり苦労はない。
それらをベースに、より成果が上がるコンテンツを追加するという方向に行くので
費用もあまりかけずに提案を作ることが出来る。

が、大抵の場合は手の施しようがないことが多い。

そうなると、テコ入れするよりもゼロベースで作り直した方が早いし安い。

その場合は、どのコンテンツ(中身)を引き継ぎたいか
(引き継ぐ必要があるか)の意思確認をする。


そして、ユーザーのターゲット設定と、アイディア出し。

ターゲットは通常はセカンダリ・プライマリを設定。
それだけじゃないこともある。

方法も色々で、アンケートとかペルソナとか。

尚、「現状はこういうユーザーだけどこういう層にアプローチしたい」
という要望にて依頼をされることも結構多く、
その場合は現状のユーザー層をセカンダリに持ってくる。

アイディアは、ブレストするところなので
予算のこととか度外視、ついでに、客のことも度外視して
ひたすら「ユーザー目線」でアイディアを出して行く。取捨は、後。

ただし「かけた費用だけ回収出来ること」だけは絶対に外さない。
複合的にでも、それが達成出来ない場合は絶対に提案に組み込まない。

#但し客がどーしてもやりたい、って言ってる場合はオプションにする。
#で、回収出来ない理由とかも色々添える。


次にプレイヤーを考える。運用体制とか、これもまあ、色々。
最初は「ユーザー目線」でプレイヤーを考えて、
実現可能かどうかでそぎ落として行ったり、不足したら足したりする。


次は、見積もり。業者選定や自分らの人件費も考えて、
それらひっくるめて、客にどれだけの利益をもたらすことが出来るかを詰める。

勿論、目下の懐具合も考えるが、それだけではなく、
いくら投資してもらうとどれぐらいで回収が出来るか、を考える。

回収というのは、投資した分だけ稼ぎが出ること、+-0になることだ。
その後に黒字化するわけだが、そこまで運用出来るかどうかを考える。


そして最後に、資料作り。提案の裏取りとか目標数値と実現時期とか
素人でもわかるように落としこみます。完成予想図みたいなのも入れる。

難しいことは資料には書かずに、口で説明したり、別資料を添える。

あとは、客の気を引くお得情報みたいなのを織り交ぜる。
うちに依頼してくれると、こんなお得なものがついてきまっせー、ってやつです。

これが出せない相手だと、なかなか取るのは難しい。まあ、当たり前だが。


・・・と、いうことを、時間がある限り頑張ってやるわけですが。


私の考える企画は、基本的にはユーザー視点なので
そこで合意が得られる客じゃないと、まず刺さりません。


ダメなケースは「俺はこういうのが好みで、こういうことをしたいんだ」と言うタイプ。

そーいう人の場合でも一応、実現可能なプランを準備して
実現するとこんだけのお見積もりになりますえ、で、回収見込みはこんだけ。

と言うと、その場ではしぶしぶ引き下がるが、後でころっと忘れて
何度も俺様ルールを振り回す→無意味なプランの準備 という
悪循環が発生するので、本音を言うとこういう客とは仕事をしたくないです。

#ひどいと、目標なんて設定したら達成出来なかったときに
#責任とらされるから嫌だとか言う。

#設定しなくても予算だけ使って売上が立たなければ
#責任を取らされる、という想像力は働かないようだ。

#ちなみに広告費として認められるためには使った予算を
#2~3年以内に回収する必要がある。3年以内に逃げればOKってか(ぉぃ


あとは予算ね。

個人で仕事をする場合なら、絶対に相手の出せる額でしか
企画も見積もりも出さないのであまり問題はないのだけど

会社でやる場合はそうもいかん。自分らの人件費とかも結構な額になる。

で、んあー、その額になっちゃいますかー、そーですよねー みたいな感じに。

前職場もそうだったし、うちの今派遣出稿している会社も、高い。

まあ、そんだけの価値を出せるってこともあるし
規模もでかけりゃ、プレイヤーも多くなっちゃうしで、仕方が無いんだが。


でまあ、提案をして勝てるパターンと言うのは

ものすごく客にとって魅力で、且つ予算が出せる範囲である場合。
それは文句なく、受注が出来ます。

そういうとんがった要素を求められていない場合は、
予算が中程であり、内容も中程であり、要件を満たせている場合。

あとは、客と営業の仲良し度。これについては色々あるのだが
仲が良くて誠意があるのが最善です。とだけ。


でもってまあ、企画出してから色々と妄想するわけです。
即決ならまあ、妄想することもないんだけど

もし時間がかかっていたら、どこがネックになってるのかな、って。

本当なら、そーいう妄想(仮説立て)はせずに、
後で担当者に教えてもらえば良い問題なのだが

仮説が合ってたらよっしゃ。って思うし、ずれていたらその差異だけ
客のことを掴みきれてなかったという反省になるので、

まあ暇つぶしも兼ねて、考えておくわけです。


と、いうわけでですね。

GWを挟んだとは言え、2週間前に出した企画が音沙汰ないんですがw

てゆか結構納期ぎりぎりの案件だから、そういう意味でも早く結論出して・・・(泣笑

返信の追記(というか独り言

コメント:

私は、自分を傷つけた存在に「癒し」が必要だと思うが
「許す」つもりは毛頭ないし、許す必要もないと思っている


許さなければいけないのは相手ではない、自分自身である。

自分は、相手の属物などではない、一個人である。

誰のものでもない、自分の命。そういうことを自覚し、
苦しめられたことに対し怒りを感じる自分を許し認めること。

それが出来なければ、生きること自体が苦痛になってしまう。


哀しんでるだけじゃ、憂えているだけじゃ世界は変わらない。


----


と思う反面で「因縁」ってやつはあると思うけどね。

もし、自分が嫌なことをされたら、それはもしかしたら
過去に誰かにやったことの仕返しをされているんだと思え、

みたいな考え方があってですね。

そう思うと、ああ、私ならこういうことやりそうだ、という
嫌~な気分になるわけです。絶対やらないとか思えないという。

だから結局は、反面教師的に自分がそれをやらないよう
戒められているよーなもんなんじゃないのかな、と思うわけですよ。

似ている存在ほど見ていて気分が悪い、ってのは
そーいうところがあるからなんだと思うわけです。


以前もどこかで書いていると思うが、

人は、その人の脳にある知識の範囲でしか物事を理解出来ない。

他人に対し、嫌な面ばかりが目につくようであるなら
その内容は、自身の悪い面であることが多いし

他人を悪く言う人たちの言葉というのは
その人自身の悪い面であることが多い。


しかし問題は、そういったことを理解した後にある。
「その上で相手(或いは自分)にどんな言葉を投げかけるか?」


それが「あなた自身」となっていくのである。


---5/4 追記

で。その「あなた自身」が傷ついている自分を認めず
自分の自我と反したところに「あなた自身」を構築していくと、

自我と「(あなたが構築した)あなた自身」が乖離していくから
それはそれで、どんどんまた生きていることが辛くなっていく。

また、逆に「あなた自身」を作ることに意識を払いすぎ
精神的につかれてくれば、それはそれでネガティブな思いが内側に募り
さっきとは逆の意味で、自我と「あなた自身」が乖離していく。


更に、それを無意識にやっていたりすると
自我と「(周囲から評価される)あなた自身」の乖離に対して
どのように対応すれば良いかわからなくなるんじゃねーかなとも思う。

自覚的であるなら、ある程度コントロールは出来るはずなんだが。



牙は磨くもので、隠すものじゃない

コメント:
理念なき快楽は、簡単に人を堕落させ

差別や暴力に太刀打ちするための言葉を失わせる。

それらの人を「正義という暴力」で支配することは、
主に西洋にある宗教の原点であるように思う。

人は盗む。姦淫する。故に、それを罰するのだ。


その図式は今日でも変わらない。

何故人を殺してはいけないのか?
何故姦淫してはいけないのか?

もっとわかりやすいところで言うなら

何故人は働かなければいけないのか?
何故人は学ばなければいけないのか?


社会を、文化を構成して人はどこに向かい行くのか。


何故、人は生きているのか、であれば私は自分なりの答えを持っている。

成長するためだ。

では、成長とは何か?技術を身につけることか?社会的地位を確立することか?

否、それらは手段であり目的ではない。


心の研鑽。人との関わりの中で社会を担う一員として自分のあり方を問うこと。

主体はそちらの方で、社会的な情勢だのルールだのはぶっちゃけ
「流行」でしかない、と思っている。

常に、進行形。社会全体が、成熟に向かう過程での試行錯誤の渦中であると。


社会とは、そこに存在するあらゆる要素「全て」を内梱しているものであり
部分的に見て見ぬふりをすること、切り捨てることは

人間であれば、片腕を切り落とすような行為であると感じている。

自分には見えない歪みを「無いもの」とみなして素通りすることで
社会の中心に自らブラックホールを作るようなものであり

そういった行為を続けていれば、いつかは放置した怨念により自滅するだろう。


地球全体、国全体、共同体、会社、地域、家族。

どんな社会の単位であれ、同じことが言えるだろう。

もしかしたら、個人ですら同じかもしれない。

人を構成する、たくさんの細胞からなる小さな世界で
病み、壊死した組織を上手く代謝出来なくなれば

きっとそこから腐り行く。


時間は、絶えず進み続けるから。


人にしろ社会にしろ、常に新たな風を取り入れ
代謝しながら進まなければ、必ず朽ちて行く


-----


もし、あなたに牙が在るなら、その牙は磨くものであり
決して隠すものじゃない。

隠された牙は、あなたの内側を傷つけ
いつか癒着し、死に至るかもしれない。

仮にうまく抜くことが出来たら、牙のないその顎で、どうやって獲物を採取するのか?

他の栄養摂取の手段を見つけるか、進化でもしなければ
飢えて死ぬのは目に見えている。ましてやノープランであるなら尚更。


何もせず、ただ死を待つだけなら
あなたはあなた自身の「我」により
退化の道を選んだだけだ。


牙を隠したいと思った、その動機を決して忘れてはならない。

毎日を積み重ねる

コメント:
ある人が、私に言葉をくれた。


-----


将来を占う言葉を綴ってくれる人がいた。
よく当たる占い師のようなものであろうか。

周囲の人は、その人に、とても個人的で現実的な言葉を貰っていた。

全然覚えていないが、どのように身を立てるであるとか、そういう感じのこと。

でも私は、違っていた。


「~~のために」


~~の部分は秘密だが、とにかく私は、私のためではなく
私が大事に思うそれのために生きるのだ、と言われた。


その後、またある人(ひと、じゃねーな、組織だな)から
生き方を象徴する名前、みたいなものを貰った。

他の人は、とても華やかで幸せな感じのものが多かったが、

私のはやっぱり違っていた。


平たく言うと、自分が体験したことを人の役に立てなさい、みたいな意味であった。

その言葉を聞いたとき、正直、詰まった。

どんな体験すりゃ人の役に立てるって言うんだ?というプレッシャーである。


取り敢えず、今まですげー苦労したこと(そしてそれを乗り越えたこと)に関しては
誰かの役に立つことがあるみたいなので、そーいうのの積み重ねなんだろうが

あまり半端な人生送ると恥をかくな、みたいな思いは少し、ある。

いや、結構ある。

だからいつも|・)←こんな感じで、半分隠れて生きてるんですけど。


-----


いくら役割があったって、役割を果すことが出来るかどうかは
結局は、自分の努力次第なのだ。

死んだ時、神様に「よくやった」と言ってもらえるか、それとも
「至らなかったな」と言われてしまうかは、今の自分次第なのだ。


毎日の、積み重ねが大事。

このアーカイブについて

このページには、2010年5月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2010年4月です。

次のアーカイブは2010年6月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。