性の話の最近のブログ記事

その人の「愛」のカタチ

コメント:

ある女性、カナダに帰化した元日本人のレズビアンの人に、
猫の絵を見せたときの感想は、こういうものだった。

現物のデータはどっかいっちゃいましたが
猫が自分の背中を毛繕いしているところの絵です。


この、届かないところを一生懸命毛繕おうとする姿は
あんたそのものだね

愛の形ってのは、みんな一緒でね、
あんたがこうやって、届かないところを一生懸命どーにかしようとする姿は

人に対しても、仕事に対しても、道に落ちている石ころに対しても
一緒なんだろうと思うよ。その人の愛の形ってのは、何に対しても変わらない。


それから、首の骨ってのは、その人の人と成り、そのものの形をしているんだよ


私の首の骨が奇形であることなんて、この人に言ったっけなぁ、と思ったが
そのことを指されて言われているんだってことはわかった。



性とかいてサガと読む

コメント:

昨日、メタブでこんなことを書いた。


私少女漫画でもBLでもさぶ(雑誌)でもスカトロでも、仕事や喧嘩相手も
オナニネタに出来る自信あるわ。

しないけど。

好きな人とはお互い幸せならいたすわけだが、男女いずれも
人生かけた何かを交換する感覚。


・・・会社で書くよーなことじゃないよなとか思いつつ(苦笑


別に自分が節操なしですと宣言したいわけじゃなくて
#そう受け取ってくれても別に構わんが

所詮脳内のことなんざリアルと関係ねーだろが、ってことを言いたかった。


「リアルに性交する」ってことは、全然違うし、
そもそもオナニーの延長線上に性交が存在するとしたら、
それは相手を性欲処理の道具として使うことでしかなく、

そんなのはリアル性交でもなんでもねーよ、ってことを言いたかったわけです。


100文字じゃ全然書ききれませんでしたが。


だって所詮、私のは「リアル性交」という経験上での発言だから、
そこに踏み切れずにいる人達に、この言葉だけじゃ多分伝わらない。


例えリアルな相手が目の前に居たって、相手と同じ感覚を共有出来なければ
触れていても、すごくすごく遠くにいるようなもんなんだよ、ってことを

人と触れ合うことを、真剣に避けている人に対して
どうやって伝えることが出来るというのだろうか。


例えリアルな相手が目の前に居たって、相手を道具として扱うなら
それは二次元がオナホ使うことに進化した程度で、

リアル性交をしていることとは、多分、全然違うんだよ。ってことを、

どうやって、伝えることが出来るというのだろうか。



そもそも、私が抱いた絶望を、他の人が同じように抱くなんて限らないのに。


-----


また、こんな増田もチェックだけしておいた。

同性愛を変態と呼ぶのが差別ならスカトロを変態と呼ぶのも差別なのか。

というか、会社でこの画面を開いて真剣に考察→100文字でまとめられる
自信がなかっただけなんだが。

仮に骨髄反射するにしても、考えがまとまらん状態で
自分の感想だけ垂れ流して良いよーなお話ではないと思ったので、
ブコメには「後でもいちど考える。」と書いておいた次第。

でまあ、どうせ考えるなら、まずは自分自身の「性」について
だらだら書いてみようと思います。

この記事はほんと、自分のことをただだらだら書くだけで
「~~は差別なのか」については、別に記事を立てます。

#あ、いや、大したことは書けませんけどね。他人事ではないので・・・


尚、オナネタ候補のレパートリーを見て頂いてもわかるよう、
私の性の話はものごっつすげー広範囲に渡っているように思うので、

人によっては不快に感じるだろう

全てを「私」という人物1人が実際に体験して考えてきたことである、
という意味で考えると、結構笑えない話だよな、と思ったりもしますので
#てゆか私は全然笑えない

基本的には毎度ながら、この記事の続きを読んでどんな感情を抱かれたとしても、
当方は一切責任を持ちません。

ほんと、不愉快な話を多分に含んでおりますよ?

てことで、ここから先は「自己責任」でお願いいたします。


どんな幻想。

コメント:

リアルに子ども見たことある人なら知ってると思うが
子どもは結構普通にアダルトなコンテンツが大好きであるし

そういうのに興味持てない方が余程不健全。

勿論羞恥心とかあると思うが、その羞恥心はどこから生まれたか?

「教育」である。


好奇心から何気に手を伸ばそうとしたアダルトなものに
手を伸ばそうとした瞬間に「はしたない!」と叱られ
やり場の無い思いをした経験はないだろうか。

そうやって、子どもたちは性的なものを「忌むもの」としていくが
私は未だに「大人が怒るから」「趣向が合わない人が不快がる」以外の理由で、
性的コンテンツを悪者にする理由が思いつきません。


子どもは、母親のお乳をつかんで育つ。
抱かれ、撫でられ、キスをされて育つ。

そういった健全なスキンシップの延長線上に
セックスというものだって、存在していると思う。

故に、子どもが性的なものに興味を抱かない方が、余程不健全に思うのだ。

#「えっちなのはだめなんだよー」とか言うのはまた別ね。
#あれも、教育で、それこそ健全な羞恥心。

#そじゃなくて、ダンマリになっちゃうパターン。
#逃げるというか、避けちゃうパターンのことね。

そんなことがあるとしたら、虐待でも受けているんじゃないかとか、
ヒステリックな大人に抑圧されているんじゃないかって疑ってしまう。


勿論、子どもたちは知識がない時点では性について何もわかっていない。

だから、興味を持ったときに、それが変な方に行かないよう、

変な方ってのは決して性癖がどういう形かとかいう話ではなく
「誰か」を、「自分」を傷つけてしまわないように、

性について「教える」或いは「考える」必要があるのだと思う。


それが「性教育」ってもんじゃないのだろうか。


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話を「幻想」という部分に戻そう。


子どもの頃、男どもがスカートめくりしたり
猥褻な言葉をわめき散らしたりする光景は、
当たり前ではなかっただろうか?

確かに、ああいうのは女のこっちとしては大変不愉快だ。それは間違えない。


だが、相手が不快に思うことをやってはいけません。というのも
立派な「性教育」の一環ではなかろうか?

案外ね、そういったベーシックなことすら
教育をすっ飛ばされていたような気がしてならねんだよな。

子ども同士のことだから、みたいな感じでさ。


そういうところでしっかり「教育」をせずに
「はしたない」という言葉で自然な欲求を

ただ切り捨ててしまうのはどうなの。と思うのよ。


それって普通に、ものすんごく傷つかね?


そうやって置いていかれた子どもたちの心、

例えば、そういうのを見て、大人の顔色をうかがうようになり
自分の素直な感情を露見出来なくなったりすることとか、


振り返ったとき。自分らが子どもだった頃に、

そうやって、私らは感情を殺して来やしなかっただろうか?


私は嫌だった。そういうのっておかしいと思った。

そうやって、自分を変な形の枠に押し込んで
「世間体の奴隷」になっていくのが

良いことだなんて、欠片も思ったことがないんだ。


生きるためには必要だと言うけど
「必要とする世界のが間違えている」のだと思った。


そうでなければ、こんなに病んでる世界を理解することは、できない。



怖いのは仕方ないね

コメント:

壊せないと怖い。ってのは、とても哀しいことだと思うが。

別に、壊せても壊せなくても、怖いってこと自体が、本当は哀しいんです。

しかし、哀しさからどうやって脱するかとかいうのは
その人次第だし、もしかしたら脱するのこそが怖いかもしれないので、


大切な人だったら、ちょっと離れたところにずっといようかな。と思うけど。
まあ、たまたますれ違っちゃうだけのことに、意識も時間も割いてられないのが現実で。


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私がバイセクシャルでありながら、女性に落ち着かなかったのかは案外明白で。
私が好きになる人は、全員結婚して子ども産んでるんだな。

よするに「ノンケの女性」を好きになっちゃうのである。故に、成就せんw

更に性質が悪いことに(ってことにしといてくれ)
好きになってくれる人も、普通の女性が多い。

で、あるぶっ壊れた女性の話を書いてみようと思う。

あの時の、なんてゆーか、虚無感とかどーにもならん。って気持ちは
なんかもう、私には女性を愛しきれないな。と結論付けるに十分だった。


性差別の話題まとめ

コメント:

性差別・性犯罪について書くときURLを晒していますが
(他にも色々書いているため)一部、まとめてみました。
※最上部に表示させるため、未来の日付にしています。していました。

・・・この話題だけ、ブログを別にしようかなぁ?
とも思いましたが、まあ、取り急ぎ。全部じゃないけど。


■性差別と性犯罪の(私にとっての)リアル

別次元でのつぶやき

→これだけ2009年6月の記事。年末の差別騒動とは全然別に書いたもので、
 純粋に、性犯罪と性差別の体験や考察を書いている記事。言うなれば原点。

性犯罪に対する認識について、狂ってるなぁと思ったことを
時系列順に、自分がどうして今の考えに至ったのかも添えて書いたもの。

「女子力」をシカトし続けるとどうなるか

→男性や長いものに媚びることがデフォの女集団について。

問題は「中傷・偏見」 プラス「差別」 ってことなのかな

→なんでこの人達、差別だ差別だと騒いでるんだろう、という考察。

「男が弱いと苦労をする」理由と、女性差別の嫌な構造

→モテないことを顔やお金のせいにしている、全ての男性に読んで欲しい記事。


■差別なのか性差なのかを考えた話

肌の露出とセックスアピール

→性的コンテンツを社会から駆除すれば性犯罪はなくなる、という意見に対するカウンター

いみがわからん

→これだから自分はフェミニストですと決して言えないんだよな、という話の一端


■差別する人に差別を止めろと言っても無駄だろ、と思う話

自衛をしたい人・させたい人

→被害者が加害者に対してしている差別

書くようなことでもないと思うのだが・・・

→啓蒙と差別をどうして同一線上に持ってくるのかわからん、って話

パワーゲームは数の暴力の延長線上にある

→差別者を力で黙らせるのだって数の暴力(或いは差別的)だって話

金言みつけた

→自分を奴隷化している人に差別止めろって言うのは歴史的に考えて難しいって話


■差別に逃げずに問題ときちんと向き合え、という話

差別騒ぎの傾向と対策

→差別は利権が絡むから、その影響下にある人に相談すると
 利権に巻き込まれるからやめとけ、って話

それは問題解決から遠くはなれて行くことに他ならない

→差別をしない聖人になろうなんてところで思考停止すると
 社会的な問題がどんどん大きくなっていきますよ、って話


■私から見た、世の論争の解釈

ここは、ほぼ読む意味ないです
私はこういう風に解釈した、ってだけの話

被害者を悪者にしたい心理(+α)

→被害者を悪者にした方が都合がよい人たちの話

論点のすり替えが激しい問題なんだなー

→差別だと騒ぐ方も、差別者を貶めるために屁理屈をこねている。


■思想

教育とか宗教観とかを孕んだ話。性差別と関係ない記事も含む。

メガン法(ミーガン法)に骨髄反射する人

→人は平等じゃない。だけど人権は平等に与えられる。って話

テーマってのは全員違うんだから

→平たく言うと、因果応報の話。

しゅーきょーのはなし

→因果応報とか書いたので、この記事も引っ張り出しておく。

歴史を見るに、教育を語るには宗教は外せないと思ってるのだが、
今の日本の巷で言う宗教ってなんか違うんだよねー、ってことで、
自分で勉強したり医者とか宗教研究家とか色々な人の話を聞いて歩いて
たどり着いた「私が一番納得した宗教観」、の一端。

いみがわからん

コメント:

戦場で明らかになる「男女平等」の限界

及び、このブコメにて引用されていた記事

書評 「Co-ed Combat」

こちらはざっとしか読んでいないのだけど、はぁ?と思ったのが

フェミニストが(女性兵士は望んでもいないのに)女性も戦場に行くべき!
みたいなこと主張して、圧力に負けた感じで女性を出兵させてる

って部分。ほんとにはぁ?ですよ。

いやまあ、行きたい人は行けば良いとは思うけどさ・・・

でも、捕虜になる可能性、レイプ被害に遭う可能性、等々を
背負わされる周囲はたまったもんじゃないだろうな。

取り敢えず、「それ」は、ままごとでも遊びでもないんだと思うんですが。


いやもうこう言っちゃなんだけどさ。

私は人を顔で判断はしないけど、でも会社の受付に
超愛想が悪いブスッとした男とか置いてたら狂ってると思うし

どんなに本人がやりたい、って言っても客や周囲に
迷惑かかるような状況なら仕事はやらせんよ。「仕事」はね。

仕事ってのは、子どもの1日体験とかと違うんだぜ?

なんでもかんでも一緒じゃないとダメ!ってなんやねん。いみわからん。


戦場にいる12ヶ月は妊娠禁止、って当然じゃん。

嫌ならやめれば良い・・・と言ってしまうには、貧困問題とか
(要するに兵士になるしか道がない)色々が絡んで、またややこしいんだけど。

でも、12ヶ月の妊娠禁止が「女が子どもを産む権利を侵害してる」とかは狂ってる。

故意に妊娠するなら、そりゃ間違えなく任務放棄だよ。


こういうこと言う人達は、オリンピックに出場が決まった選手が
妊娠して練習出来ず、そのまま欠場になりましたーとか聞いたらどう思うんだろ。

肌の露出とセックスアピール

コメント:

この表現は、間違えなく勘違い&誤解を産むことをわかっているが
所詮このブログはアングラ側w なので、はっきり書いちゃうよ


服にセックスアピール要素が無いはずがない。

女性らしさ、男性らしさを服装で表すことが出来るって時点でその事実は揺るがない。

#そもそも英語で「sex」ってのは性別って意味でしかないわけだが
#日本において「性」と言うと、性行為を連想するって文化がそもそも問題あるような。

というかだな。

セクシャルが文化の根幹にあって何が悪いことがあるか。

そんなこと言い出したら、メイド服を自ら好んで着る女性をどう説明するんだよ。

ジェンダーってのは、性差別とは別の次元で間違えなく存在する。
それをファッションとして取り込んだり楽しんだりするのは「文化」だ。

ジェンダーを、男性側の立場に都合よく解釈すれば女性差別だし、
同様に、女性側の立場に都合よく解釈すれば男性差別になる。

本質(にあるジェンダー)を都合よく解釈して搾取する行為は
人権侵害だ、ってだけの話だし、

(今回はそういう話じゃないけど)トランスジェンダーという性を認めないのだって人権侵害。


そもそもで、女性に性的欲求がある事自体を認めたくないメンヘルと
女性にある性的欲求を悪用しようってヤツがいるのが悪い。

って話なんじゃないかという気がしました。


でもまあ、欲望があるところには、それを利用&搾取しようとする犯罪が絶対発生するもんだけどな。



追記。

肌の露出について書くの忘れてました(ぉ

ちなみに先日某TVで、女性の肌の露出に対する男性の好感度、
みたいな調査を報告していました。

#そんな調査需要に顔がひきつったが、まあ所詮世の中そんなもんなので。

#TVの締めくくりとしては「モテたければこれぐらいの露出にすると良いですよー」
#みたいな締めだったことを特筆しておく。ちなみに朝のニュース番組。

結論としては40%ぐらいが最も魅力的だと感じるのだそうだ。まあ妥当かな。
夏だったら普通に、ノースリーブ&ミニスカぐらいで40%だよね、と。

で、それ以上だとあまり良くない印象になるらしい。

その「良くない印象」ってのが、今回騒がれている露出度問題のベースだと思うんだが
よーするにヤリマンであるとか男を誘っているであるとかの悪印象を持つらしいんだな。

----2010年5月 追記

#どうやら露出度が高い女性を見ると、男性の脳はそれを
#「人」ではなく「モノ」と認識するようになり、故に大変危険であると
#脳科学者が言っておりますた。人権侵害どころじゃないようです。

----追記終わり

恐らくは一番魅力的だと感じるところまでが、世に言う「普通」の範囲なんだろう。

悪印象を持つのは勝手だが、よくよく考えるとこれは
「性犯罪加害者は異常な性欲の持ち主だから露出度高い女を襲う」

と言っているのとも同義だな。・・・んなわけあるかぃ(反語的ツッコミ

加害者の性的欲求傾向が、全員が全員揃って高露出を好むとか、
そんなデータどこに落ちてるんだ。てゆか普通に考えて有り得ないだろ。


いずれにせよ、全てにおいて差別と偏見に満ちているわけだが
その根拠は案外「自分の感覚」だったりするんだろうな、と思う次第。


また、女性の肌の露出については、こんな記事もある。

gooダイエット 肌の露出ダイエット

どきっぱりと直接的に書いてあるが、

-----引用ここから

女性は女性ホルモンであるエストロゲンが多く分泌されているときほど
肌の露出の多い服装を好み、そしてエストロゲンが低いときほど比較的
露出度の低い服装をする傾向があることをつきとめています。

 まあ、早い話が発情しているときは肌を出したくなる。いわば男性を
性的に誘惑したくなるということになります。

-----引用ここまで

これは「自然な生理現象である」ってこと。

何も悪いことじゃないし、その自然現象を無理に抑圧すれば
ホルモンバランスが崩れて体調をおかしくする要因にもなる。

勿論、欲求通りに自由奔放に生きることが正しいとは思わないし、
生理現象通りに生きてたらそれこそ獣であるw

社会生活においては、ある程度の自重、最低限
法に触れない範囲で楽しみましょう、って話であることは当然であるとして。


で、その「楽しむ範囲」ってのが男性の個人的な好みから外れた途端に
ブーイングが飛ぶこと自体には、あまり多くを言えないのかもしれない。

ブサメンにブサメン。と言うのと
露出度高い人に露出度高くて不快。と言うのは一緒だろう、って意味で。

しかし、ブサメンに「pi-----」なことを言うのと
露出度高い人に「あばずれ」言うのは、偏見で差別なんだろうなぁ。

・・・「pi-----」の部分にはご自由に差別発言を挿入してください。思いつかなかったw

だったら例え話に出すなって話だけど、そのへんはご愛嬌ってことで(ぉ



ま、どれも私は言わないからよく解らんけどね。
一般的感覚がない私が一般論を語るのも無理がありますが。




個人的、且つ女性の立場的には、背中出てるよ、って教えてあげると
サービスサービス って言うような女の人が大好きです。

でも女の子は冷やしちゃだめよ。

書くようなことでもないと思うのだが・・・

コメント:

防犯大好きな人達の前で、防犯意識がない発言をすれば
防犯なんて無意味だ、と言えばそれ違うだろう。と言われるのは仕方がない。

「防犯意識の有無に関わらず被害者を悪くいうのは良くない」というのは当然のことだし
被害者を悪く言うヤツってのは、結局は他人事で対岸の火事だったり
それこそ「被害に遭ってみないとわからない」ような人たちであるのは間違えないが

だとしても地域の犯罪を減らすにはどうしたら良いか。とか少しでも意識がある人は
未然に防ぐためにはどうしたら良いか。ってのはどうしたって考える。


例えば肌の露出が高いことが性犯罪を増長するという考え方は間違えている。

というのは私も大いに賛同するところなのだが、

それでもそういう事を言い続ける人っていうのは
肌の露出に性的な何かを感じているから
そこから意識を切り離せないんだろうね。

それってようするに、性的に未熟だってことじゃないか?

そこで思考停止して考えるのを放棄しようとする人々を
引き止める努力は絶対必要だし、そこを諦めたら絶対に伝わらない。



大体、犯人に遭わないように気を付けましょうね、という話と
犯人を目の前にした時に気をつけたことなんて何の意味も成さない、という話は

全然別次元の話で、同一線上で話すようなことではない。


同様に、間違えた防犯意識が犯罪の温床になっている、という警告と
防犯自体が無意味だ、と言い切ってしまうことも、決して同じではない。


また、「被害者叩き」と「防犯の是を説くこと」だって全く別次元の話で
そもそも防犯意識が低い人を叩くような下品な人間は相手にしなければ良い。

#そんなヤツが社会の中心で世の中を動かしていたりするなら話は別で、
#警察とか政治家がそんな素振り見せたら大いに叩いてやれば良いと思うけど。


しかし暗い夜道を一人で歩かなければならない日常と、
通り魔事件が多発しているエリアで何の策もなく一人歩きをすることは、

「自衛の意味なし」と表現してしまえば同一視されてしまうだろう。

ひったくり被害だって、警察が頑張って啓蒙してるけど

性犯罪被害の場合、こういう形で啓蒙しにくいようなデリケートな事件が多いから
机上の空論とか偏見が行き交いやすいのは事実なんだから

偏見を無くすのがまず一番大事。としか言い様がないんだけど


日本における性教育の未熟さを考えるに、頭の痛い問題ではあるな。

自衛をしたい人・させたい人

コメント:

歪んでるなーと思うんですけどね。

痴漢でも何でも、被害に遭った人の中でがちがちに自衛しちゃう人ってのがいるわけです。

多分、私もそのうちの一人だとは思うが、私はこういうのは歪んでいると思うし、
見てわかるぐらいに自衛をがっちがちにしている人こそ
襲われやすいんじゃないだろうかと思ってはらはらして見ているぐらいなんだよね。

#こういう意味だけでも「間違えた自衛」ってのは明らかに存在すると思っている。
#今回の話とはまた別の話になっちゃうから書かないけど。


しかし、こういう人達に「自衛は意味ない」と言うとどうなるか。

噛み付いてくるんですね。

噛み付いてくる理由って、結局は自衛なんて意味がないってのを
認めるのが怖いからなんだと思うんだけどまあ、それはともかくとして

自衛を否定する表現では、こういう人達は心を開いてはくれない。


しかしそもそも、語られている自衛が正しいものであるなら、
こんな騒ぎにはなっていないはずなんだが

それ以上に意識を払わなければいけないことがある。


どうして自衛をしたい人は被害者の生の声、

「自衛をしていてもどうにもならないような被害に遭いました」
という告白を、無視(というかスルー)するのか。考察することが出来ないのか。

本当に自衛を考えているなら、被害者の声こそ自衛なり、再発防止なりに
役立つものだと捉えることが出来ないのは何故か。

差別だとか人権侵害だとかラベルを付けて騒ぐのは簡単だが
溝を深めたり決裂したりするだけなら、仲良しごっこと同じだろ。

それが求める世界だというなら、前記事の通り
パワーゲームですかそうですか、で終わる話なんだけどさ。


「間違えた自衛論」には問題が幾つかあるわけだが、

その最もたるは『被害者が声を上げにくい社会』という
加害者に都合が良い硬直化を起こしているところにあると思っている。

要するに、「自衛自衛言う奴らが再発防止の邪魔をしていることに
気付いていないのが問題」
なんだと思うんだよね。

気づいていない人には何言ったってわからん。それはもうどうしようもない。


どっかのブコメに「自衛しても他の人が襲われるだけ」みたいなことが
書いてあったけど、それだけじゃなくて

被害者の自衛を責める風潮のお陰で、事件が表に出て来にくくなる、
加害者が一般人に混じって平然と暮らしてる状況を作ってる。

それどころか、加害者を正当化・擁護するようなことばっかり言う。

本人にその自覚が全くないことが問題なんだよ。


てゆかこーいう人ほど犯罪者にしてみりゃカモだと思うんだけど
カモだって自覚だけはあるから余計自衛厨になっていくんじゃなかろうかと・・・



そーいえば、ちょっと思い出したことがあるんだけど。

実は私は、性的な話題については男よりも女のほうがコワイと思ってるんだけど、

#以下、よくよく考えたらデリケートな内容だったので自主規制、
#てゆか最近そんなのばっかだけど、性的表現に耐性ない方は開かないように

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