自叙: 2010年1月アーカイブ

お礼。

コメント:

ブコメに助け舟頂いた気分・・・

#うーむ、理解される=助かる。ってのは助けと判断しちゃいけないのか。
#まあ、助けたつもりないのはわかるから、あまり絡まない方が良いってことか?

#いずれにせよめんどくせーな(--)てゆかいちいち絡むなよ。



>T-3donさん

ありがとう(涙

論者として問われているのはわかっているのだけど、
論者にはなれないよ、と言っているのに、それが理解してもらえないことに困っていた。

それと、Wallersteinさんのブコメを読んで、諦めがついた。

私が前提としていた話は、どうやら一切共有されていなかったようだ。

それじゃあ会話にならないのは当然だ。


論者として正確さを求めていたのはよくわかる。
でも、論者ではない人が、感想を抱いてはダメなの?

で、もし論者が、そういう無知から来る誤解だの偏見だのを
「無くしたいと言うなら」なぜ啓蒙しようとしないのかがわからない。


だって、チャンスじゃん。

こんだけ無知でわかってないやつに
なるほどー!と思わせたら、他の人への理解が一気に広がるよ?


で、私は、この件については、無知であることに
後ろめたさを感じてはいるんだ、日本人として。

色々な意見、聞きたいじゃん。

だから、普段(もしリアルであるなら)こんな話題が出たら
へー、そうなんだそうなんだ、と、話を促すことが出来た自信はある。


が、自分で調べろ、と言われたらそうも言ってられない。

それについては散々書いているので、これ以上は言わない。


>hitoubanさん

私も、世界から逸脱することだと自覚しています。
自戒はしてないけど、社会生活においては、そんなことはおくびにも出さない(苦笑

が、まあここはアングラサイトだよな。と自覚を持って運用しているんで。


過去の、セクシャルマイノリティの話だの女性差別の話だにしても、

いや、そもそも私の過去の経験すらも、ぶっちゃけどうして
こいつ嘘ついてるに決まってるwww

と叩かれないのか不思議でなりません。

多分、あまりに危なそうなやつだから関わるまい、と
思われてるのだろうとぐらい考えている。


で、そーいうのはリアルでいーーーーーーっぱい経験しているので、もう諦めている。

目の前にあるものですら、無かったことみたいにされるんだもん。

#例えば、私が女と付き合ってると知ったときに
#母に、今のは聞こえませんでした。何も無かったです。

#みたいな反応された時とかさ。


でも、嘘ついているとか言われるよりは、
危ないヤツだと思って無視されている方が、正直助かる。

今度は全部実話を書く。

コメント:

本題だけを抜粋して書こうと思ったんだが、
それだけ書いても(私が)つまらないので
長々と書いて埋もれさせることにしました。

結論だけ読みたい人は、毎度ながら
最後の方だけ読むことをおススメします。

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「テレホーダイ」というサービスを使って仕事をしていた頃のお話です。

私がネットを始めたきっかけは、SEさんが作った
草の根BBS(自分の家にホストサーバを作り、そこにアクセスする形で
掲示板を運用する、紹介者しか絶対に入れないネットワーク)でした。

折角パソコンを買ったんだから、通信しないと勿体無いよね!
と思って最初にアクセスしたのがそんなところでございました。

当時、私はちょっと山の方に住んでいたため大手プロバイダのサポートが無く、
アクセスプロバイダは、地元の有志が2人ぐらいで回しているところ。

PC関連の情報なんていうのは、Macのデザイン系ミニコミ誌程度で
日経とかの通信系の情報雑誌なんて存在すら知らなかったし
ニフティのフォーラムなんかも、全く知らなかったのです。



命のある絵

コメント:

彼女は、花弁や雄しべ・雌しべがどのようにその花を構成しているのか
一つ一つを注意深く観察し、表現することを熱心に語った。

私は、光がどのようにしてその花を浮き上がらせ
私の脳に見せているのかを注意深く観察し、表現しようとし、

そしていずれは他の脳がその花を
同じように見ているかどうかはそもそも疑わしい

という事実に気がつくわけであるが、

「それでもその花がそこにある」

それだけは紛れもない真実である、という解釈に落ち着いた。
故に、私は「命」を描き留めているのだと思った。


(絵、に限らんな。写真でも、そう。   文字だけは違うけど。)



自分メモ

コメント:

今日の「美の巨人たち」(上村松篁 丹頂 2010年1/23放送)は、
私にとってものすごく大きなものを学ぶ回でした。

私がある巨匠に言われた言葉と、松篁が美術学校の教官に言われた言葉が
全く同じ意味だったと思う。


特待生として入学するほどに技術が卓越した松篁は、
「誰もが想像できる概念的なものだ」と批判された。

その後、松篁がたどり着いた答えと、
私がなんとなく思っている事柄も、同じものだった。


ただ、私はそれに対して立ち向かわなかったという点で
とてつもなく大きな「差」はあるのだけど。



独り言

コメント:

そういえば。

某所のコメントに(ってゆかガメさんの記事だけどさ)、

子どもを産んでも残っても良いってぐらい優秀にならないと
女は社会に生き残れないふうな絶望を書いた人がいた


で・・・仕事のことを、女って立場からたくさん書いている私としては
ひとつだけ、断っておかなければいけないことがあると思う。

私は多分、トランスジェンダーなんだ。全部じゃない。半分ぐらい。

だから、私の言うことはそういう目で見てくれないと困る。
そういうって言われてもわからんだろうとは思うけど(苦笑


若いチカラを潰しちゃいかんと思うんだがな

コメント:

私は、きちんとお金を貰わないとマネジメントなんてやりません。

同じ給料でマネジメントまでやれ、と言われたら
そんな会社は辞める。当然だ。

#最近そんな話が記事になってたけど。


だけど、そこで引き受けないとクビになるから・・・

という人が、今の世の中の殆どだろう。

しかしもし私がそんなとんでもない要求に腹を立てて会社を辞めたとしても
他の人、特に若くて安く雇える人が、代わりに採用されるだけなのだ。

そして、それを「期待されている、チャンスだ」と勘違いして
頑張るのだけど、そんな会社はそもそもマネジメントが出来ていないから

誰にも、マネジメントの何たるかを教えてくれることも無く、
本を一生懸命読んでも、うまくいくことも少なく、結局自分が全てを被ることになる。

そうやって、大抵の人が、潰されていく。

或いは「火消し上手」と言われる人がマネージャーをやる場合もあるが
そういう人は、火消しはするけど、マネジメントが出来るわけじゃない。

そもそも、両方が出来るなら、給料の桁が1つ変わってくるはずなんだ。

で、結局そういうところでも、「出来る社員」というのが
代わりにマネジメントをしているわけですよ。安い給料で。

なんかね、本当に、腹立たしくて仕方がなかった。


そういう場では、私は「仕事が出来ない人」という評価になる。
知ったことか。私は自分の信じるもののためにしか働かん。

金のためでも、会社のためでもない。「人」と、自分の生活のためだけだ。

私が大切にしたい存在以外のためには、
一切の労力は割かんと決めているのだ。


以下は相変わらずの自分語り。過去のこんなことがありますよ、って話。
楽しい話題じゃないですけどね。

感受性

コメント:

私は異常に感受性が発達している。
神経が過敏なのかもしれない。

視力は悪いが、夜でも他の人よりは見えているらしい。

聴力も、人よりかなり良いらしく、
一度鼻づまりで耳がよく聞こえなくなったとき
検査をしたが、その状態で「人並み」だった。



農薬などにも大変過敏だ。

ごはんを食べるとお腹をこわすようになってしまったので
低農薬の米に変えたら治った。

但し、低農薬と書いてあってもお腹をこわすものもある。
あてにならねーな、と思っている。



いずれにせよ、なかなか生き難いのである。



ちょっと前の記事で、差別しないのは親の教育かなーとか
書いていたけど、よくよく思い出したらもっとすごい経験をしていた。

私には、親以外に、私をわが子のように思ってくださったご夫婦がいたので

なんでそんな大切なことを忘れていたかといえば

何のことはない、体調が悪かった時期のことは
結構本気で色々と忘れているというだけだ


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