(注)

この考え方は、お金では解決出来ない「やりたいこと」がある人には向きません。
そういう人は、自分がどうすればよいかなんて多分知ってるだろうから。

私のように、自分が出来ることに(全力で)取り組んでいるうちにお仕事になった、
という「好きこそものの上手なれ」タイプであると多分響くのではないかと。

或いは、本当は別にやりたい事があるんだが、
生活のために今は違う仕事をやっている。っていう人でも大丈夫。たぶん。


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これは親しいお友達とかにはよく言う話なのだが。

色々あって、精神的にかなり参っていた時期に
ある2人の知人の医者に似たようなことを言われた。

#ちなみに医者・患者としての付き合いじゃなく、あくまで知人ね。


1人には、「1億円あったら何に使う?」と。

そしてもう1人にはもちょっと具体的に
「何でもいいから買いたいもの決めて、バックでも何でも良いから」と。


これらは人生の長期計画と短期計画を立てろ、って話なんだと思う。


長期計画には、自分のなりたい様が現れる。
そういう自分を知っておくってのは、悪くないんじゃないかと思う。

実現するかどうかは別として。


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ちなみに前者(1億)の質問を振られたとき、漠然と
大金使って出来ることねぇ・・・と考えを巡らせた時に思いついた
「私がやりたいこと」は、1億なんかじゃ全然足りなかったのでw

その1億円は事業資金か投資に使い、目的の額になるまで増やす。ということになった。


その時までは、お金に執着する母が気持ち悪くて仕方がなく、
お金儲けにものすっごい嫌悪感を抱いていたんだが、

やりたい事に気がついてしまったんだから、仕方がない。

しかたねーきちんと向き合うかー って気分になったもんだ。

で、頼まれて引き受けるような仕事をするだけじゃなく、
派遣で経験を積んで自分の価値を高めることに勤しみ、
時給は1年ちょっとで2倍近くになった。

最後の方は、きちんとマーケティングの夜間専門学校に行ったりもした。

その頃になると、お金は貯まることは貯まるが
3年後とかに自分の中が空っぽになってそうだなーと思い、
時給は若干安くても、自分が納得いく職場を選ぶようになった。


1年で給料倍、ってのは今のご時世じゃ難しいかもしれないが
1.5倍ぐらいなら頑張れるんじゃないかと思う。

やり方は簡単で、欲しい給料の職種を目指してスキルを積む。

あとは、多少給料は安くても「未経験OK・短期」のその職種を経験すれば
次の転職時には、そこそこの給料がもらえるようになる。

というのを何度か繰り返す。

派遣元が一緒なら、派遣先は何社経験しても「1社」というカウントだから短期でOK。

#しかし政府がこういうことが出来る「道」を潰そうとしているので
#私&旦那はかなりピリピリしてますが。


それはともかく。

しかし1年で2倍というのはぶっちゃけ頑張りすぎたと思います。
でもそれには理由があって。

体調を崩していたからきちんと稼がないと
実家に帰るしかなくなってしまうという崖っぷちだったからなのだ。

実家に帰るぐらいなら野垂れ死ぬ方がまだまし。と本気で思っていたし

実際、派遣で働き始める直前にすげー体調を崩して
一時帰宅を余儀なくされたのだが、マジ死ぬかと思ったからな。

あまりにひどくて検査入院に逃げた程に。




そんなことがあった直後だったので、正に「死ぬ気」でやった。
並行してフリーの仕事もやってたから、昼も夜もずっと仕事してた。


しかし、お金が稼げるようになると変なヤツらが寄ってくるようになった。

当時はまだ人を疑うことを知らないよーな初心な自分でしたので
#といっても20代中盤は過ぎていたが・・・

まんまとトラブルに巻き込まれて莫大な借金を背負わされる羽目に。

それで「人は見極めなければならん」ってことを身に染みて学んだので
ちょっと高い授業料だった、と思ってはいますが。


というより、痛い目に遭うのを怖がり何もやらんよりは、
こういう経験する方が全然マシだと思う。


自分の部屋と会社との往復の生活の中で希望も何も見えずに、
ただ生きなければいけないことを嘆いていた頃に比べたら、

経験が出来るってことは、どれだけ素晴らしいことかと思う。


だって、社会の歯車に組み込まれてしまったら、どんなに頑張っても、
「経験」すらさせてもらえないことの方が多いのだもの。

そういう苦しさに比べたら、自分で選んだ道で痛い目に遭うのなんて
貴重な経験、生きてる証ぐらい・・・には、思えたり思えなかったりするけどw


社会を憂うよりは、ほんのちょっとだけでも、社会に対峙出来る自分になれる方が良いです。


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ちなみに後者の「何でもいいから買いたいもの決めて」については
目前の小さな計画を決めるのに役立ちます。

例えば10万円のパソコンが欲しい、と思ったら
毎月1万貯めて10ヶ月後に買うとか、具体的になるからね。

じゃ、1万を貯めるためにあれ節約してこれ節約して、とか

で、3ヶ月目に友達が結婚式!とかでご祝儀が飛んでいって(涙

じゃ計画を見直し、貯金1万だけだと急なことに対応出来ないから
そういう時のお金を3万ぐらい別にプールして・・・

とかね。

もちょっとしたら、いくら貯めるには今の給料じゃ足りないから
じゃあ週末起業するか。とか資格取って給料UP狙うか。とか
そんな感じでミニマムなところから攻めて行くことが出来ます。

実際は、大きな夢(1億の夢)を心に思い描きながら
こういったミニマムなことを頑張るのが普通なんだと思う。


私は、細々した行動を取るのは得意ではありませんが(ぇ

紙の上でこういった計画を細部までねちねちとこねくり回すのは大好きなので
結構、楽しんで計画を作ったりしてました。(行動するかどかは別として(強調

家計簿とかもつけてみたりしてね。


で、そのうちお金の運用が、ほぼ頭の中だけで完結するようになった。

今月は収入がいくらでこんだけ支出の予定があって貯蓄はいくらで
こんだけ余剰があるからよし、今月は本をまとめ買いするぞ!

みたいな感じで、月に1度、自分にご褒美をあげることにしたのです。


節約節約、とか散財散財、とか一辺倒であるってのは
どちらにしてもあまり健全であるとは言い難い。

適度に自分にご褒美をあげつつ、最終的な大きな夢に向かって
粛々と頑張っていたりすると、新たな活路が見えたり見えなかったりするもんで


見えるかどうかは、あなたが求めるかどうか次第なんだよ。


だって、欲しいと思っていなければ、目の前にチャンスが来ても
手を伸ばす気力もなくただ流れ行ってしまうのだから。


#ちなみにこれらの思考は、マーケティングの企画書作りにも大変役立ちますですにょ。

#あと、人との出会いにも影響する。私は、まだまだ目標には程遠いが
#私が目標とすることを既に現実で実行している人、の手伝いを
#ほんのちょっと、自分が出来る範囲ではあるけどボランティアでやらせてもらっている。

#望まなければ、そういう縁は絶対出来なかったわけなので。

#だから、今後自分がどんな人と出会ってどんな生き方をしたいか、って
#道に影響してくることなので、漠然とでもいいから目標は持つといいよ。

「理想」を抱くもの

コメント:

自己実現、てのは大切だ。恐らく、多くの人がそういったもののために生きている。

しかし理想を追い求めるのも、夢をみるってことも恐らく人には大切だ。
それなくしては、生きることに希望を抱けなかったりするんだろう。


しかし真に理想を追い求めるなら、それは、ものすごく孤独な世界であるはずなんだ。

時には同じ理想を追う人々と、闘わなければならないだろうし
時には理想を理解してもらえずに、孤立することもある。

だけど、もし理想の追求こそが自己実現であれば
その孤独はあまり、応えなかったりする。

それでも突き詰めて行くと、一人というのは必ず限界があるはずなので、

その時に初めて、同じ理想を目指すものを探せば良い。

ただ、それだけのことだ。


人の幸せと、理想に生きる生き方には若干隔たりがあるように感じている。

幸せの上には理想は簡単に築けるように思うけど、それだっていつかは自立を迫られる。

理想に生きるなら、孤独の内にある幸せを知らなければならない。


うちの師匠は言う。孤独である者同士が仲良くいることが幸せの基本であると。
しかしその両方を「同時」に得ようとして、それがないということを嘆く人があまりに多い気がする。

当たり前である。それは、「同時」には存在しない。

別々に存在し、しかし求め続ければ同居するかのように
いつしか(気がつかないうちに)寄り添っているものなのだから。


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人に会って楽しく飲み交わし、朝までお喋りをしていても
その先に「何もない」と感じることが稀にあった。

あの時の虚無感は、今でも思い出すだけで胸を締め付ける。


最近になってやっと、あの虚無感の正体が、なんとなくわかってきて。

同時に、人に対してイラつく理由とかも、なんとなくわかってきて。


私は、理想に基づいて生きていない、なんとなくたゆたうような存在自体に
いらついており、その先に見える虚無感に、絶望していたのだ。

今ある幸せをただ消費するだけで満足する心に、憤りを感じているのだ。


何故なら、私には、そういう生き方が出来ないから。


昔は、そういうのが羨ましいのだと思っていた。
ただ幸せを享受することの出来る幸せな人が。

でも違うんだ。

私は、それだけじゃ満足出来ないし、
そんなのは未来に続かないってことを訴えたいのに、

相手にそれを受け止めることも、心に引っ掛けるだけのフックも
見いだせないことに、いらついているだけなんだ。


だから、幸せな人の気持ちを知ろうとした。

羨ましかったからじゃない、相手を知れば心のフックが見えると思ったからなんだ。


しかしわかったのは、不確かである故に生じる仄かな「不安」と
それ故に、群れたがり、補完しあうという「習性」だけだった。

フックなんてありゃしない。それは、彼の中にあるのではない。「外」にあるのだ。

問題に正面から向き合おうとせずに、思考することを拒絶し
過去であるとか理想であるとか、夢にしがみついているだけの
弱い心の内側に、そんな大層なもんがあるわけはないのだ。


向きあえば向き合うだけ、不安ばかりが募っていく。

この世に終わりがやってきても、こんな人達では
自分が死に直面していることにも気付けないんじゃないだろうか、と。

生きていることも死んでいることも、不確で、空虚で
誰かの夢の中で生きているような感覚で今も歩いているのではないだろうか、と。


地に足がついている人を見るとほっとする。
そういう人の意見や考察を聞くのは、とても楽しい。

私は、夢のなかになんか生きていたくない。
現実に、きちんと足をついて、踏みしめて生きていたい。

そういう思いが、あの時の虚無感や苛立ちの正体なんだろう。


あれは、憧れの心なんかじゃなかったんだ。

次の(未知の)ステップへと動く

コメント:

(週の初めを日曜とカウントして)今週から、様々なことが「次のステップ」へと動く。
先週は、びっくりすることがあった。それは1年4ヶ月前に辞めた会社の人事。

詳細はともかくとして、何ゆえに過去の会社で驚くかと言えば


単純に、仕事の話をしようと思ったら、その人が辞めてたからってだけなんだが、
結果として、私は初めて知る会社にいる知人と、仕事の話をすることになった。


でも、しがらみがなくなった分、なんか話しやすい気がするな。


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それ以外でも、来週は私にとっては未知の事柄が3つもある。


失敗すると怖いので、ここには詳細を書かないがw
長い間、私が切望してきたものであるように思う。

但し、その先は私の努力の及ばない未知の領域なので、
これらの件については、とにかく祈るしか出来ることはない。


まずはプライベートのこと。
それから、派遣先と、旦那の仕事絡みで1件ずつで、合計3つ。


面白いな、と思うのは、何か事柄が動く時というのは
いつも仕事とプライベート、両方で似たようなことが起こる。

今までは「プライベート」「仕事」の2本立てだったが、
今回からは、仕事面が「派遣先」と「旦那の仕事」の2つに分かれて3つになったようだ。


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そんなことをやっている中で、旦那をどういう方向へと進めさせればよいのか、
なんとなく、道が見えてきたような気がしたりしなかったりしている。

というか、私の立ち位置を教えた上で、あなたはこの位置を目指してね。

ってことを、今日になってやっと伝えることが出来ました。


まだ、漠然としているが、1つの指針が出たのは良いことだ。

まずはここからスタートしなければならんからね。

会話→(追記)自分を変えるに十分な理由

コメント:

人に話しかける動機(或いは声をかけられたときに無視をしない動機)は主に3つある。


ひとつは、ものすごく気になって、「良いなぁ」と思って声を掛けること。
そういう風に声をかけた人は、勿論ポジティブな関係になることが多い。


ふたつめは、それってどうなの。と思って声を掛けること。
そういう場合は(自分から声をかける礼儀として)丁寧な反語から
会話がスタートするので、相手との関係は悪くはならない。

また、基本的に違う考えの人なので、なるほど。と思うことも多い。

しかし、関係を続けていると、「仲良くしていると同類」という
骨髄反射をしてくる低脳が必ず出てきて、ひっくるめて罵倒を浴びる。

これは、大変不愉快だし、一緒にされるのはプライドに触る。

更には、そもそも「それってどうなの。」という考えから入っているので
学ぶことは多く有れど、だんだん面倒になることも多い。


みっつめは、学ぶものがあり、必要にかられて声をかける時。

本当は、この人ともっと深い話をしたいのだが、今んとこスキル不足感が否めない。


上記3パターンについては、「課題」でもある。


そもそも、そんな嫌な思いするなら「話さない人」ってのを
選んだ方が良いんじゃないか?とか
下手なプライドとか捨てた方がよくないか?とか、

本当に、スキル不足だけが会話が成り立たない理由なのか?とか

色々と、思うところがある。


そしてもうひとつ重要なこと。会話に動機なんて不要な人もいるってこと。


本当に仲良くなる人や、師匠と仰ぐような関係になる人とは、
話しかける勇気とか必要なく、なんとなく会話が発生し
なんとなく、いつまでも話をしていたりする。

相性が良いのか、相手が気遣ってくれてのことなのかは分からないが、
お互い、負担もストレスもない様子であることは間違えなく、学ぶものも刺激も多い。

理想は、より多くの人とこういう関係を築けることなんだが、
自分の周囲がそういう人ばかりになると、それはそれで
本当にこれでいいのか?と不安になったりもするのでややこしい。


でも最近は、この四番目の関係の幅を広げ、
不安にならないようなレベルの高い、実りある会話を
たくさんすることが出来れば一番良いんじゃないか?

って気も若干している。

それこそが、私の抱く「課題」をクリアした姿なんじゃないか、ってね。


で、それについては私の意識を根本的な部分で変える必要がある。

そしてそれは、普通の人にはごく当たり前に備わっているもののようにも思う。

何故、私にはそれが「ない」のか。

或いは、どんな学習をしてそれを「ない」ことにしてしまったのか。


・・・いやまあ、簡単な話「めんどくせ」のヒトコトでぶっちしちゃっただけだと思いますが。



どん詰まり中

コメント:

降って湧いたかのように、唐突に私が苦手とする業界のコンサルタントの人と会う話が出た。
それも「会ってみたらすごい勉強になって、僕だけ聞くのも勿体ないと思って」という理由で。


何故に派遣の私のところにこの話がくるのかは不明なんだが。
こういうとき、ほーんとに、私はお仕事の神様に愛されていると思う。

神様いつもいつも本当にありがとう(号泣



それはそうと、企画の方がどん詰まりなのである。

作った企画書を何人かのアドバイザーの人に見てもらったのだが
総合すると

「営業初心者(である旦那)には難しすぎる」
「ちょっと曖昧」

この2点。

曖昧である理由は、ターゲットを絞り込めていないからであるが、
よーするに私は曖昧なものをフックにして、相手の悩みを聞き出し
その場でカウンセリング的なことをやってしまう、という

(本人無自覚の)営業スタイルだったからであったりする。

と、考えると初心者に難しすぎるというのも、うなずける。

相手の業界について、鎌かけつつ話を聞き出すとか
少し前の記事にも書いた通り、初心者には無理な話。


しかし、今までそーいうやり方をしてきてしまったが故に、どん詰まり中。


自分が出来ること・やってきたことを羅列することは出来るし
どういう方向に行きたいっていう明確なイメージもあることはあるんだが

それをどういう風に書けば良いの?ってのが、全くもってわからないと言う。


もっと具体的に言うと、ターゲットイメージが絞り込めない。
更に言うと「行きたい方向」に絞り込んでターゲットを設定してしまうと
私がやってきたことの強みとかメリットとかがものごっつ薄らいでしまうのだ。


その中間を埋める何かが足りない。


で、その中間を埋めるためには、横展開をすればよいのはわかっているのだが
それをやってしまうと、間違えなく旦那が混乱するので、それはやらせたくない。

となると、その横展開はどこでどーいう見せ方でやればよいのか。


それがどうも定まらんのですorz

マンツーマンでお話する以外に営業らしい営業なんて、やったことないんだもん。
この仕事を自分でやっていく気は全くもって無かったからな(--;

何故なら、企業に属している方が、より良い仕事が出来たからなんだけど。

更には、個人で動いて普通に仕事ください。
って言っちゃうと、制作屋と間違えられてしまうのだ。


クライアントの悩みに対して調査→検証→提案、ってやり方をしているから
何か普遍的なノウハウがあったりするわけでもない。


強いて言えば、私は「商売の基本」にものごっつ忠実なだけで
あとは、時流を捉えようと出来るかどうかでしかないのだ。

基本的には、クライアントの事情毎に、言うこともやることも全く違うのだが
クライアントが(私が説明した)「時流」を捉えてくれてこその成功であって
私は、それを形にするお手伝いを、アイディアと品質って形で提供しているだけ。

だから、事例だけただ並べる見せ方もなぁ、と思うし・・・さてどーしたもんか。


この件については、もーちょっと悩む。

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